「最初に接客したのは、熊野さんだった。段々お客さんとも仲良くなって、今までよりもいい生活をしてるつもりでした。でも、ずっと、心の底のほうに溜まってるものがある」
深雪くんが、顔を上げた。
「…小桜さん、僕、どうすればいい?」
見たことがない、深雪くんの小さい頃の面影が見えた気がした。
わからない。
私にもわからないよ。
「…深雪くん」
私はとっさに、深雪くんの手を握っていた。
冷たく、透き通っているかと思うほど白い肌には、少し傷跡がある。
「わからない。私には、深雪くんを受け入れてあげることしかできない」
でも。
「それでも、私は、深雪くんと一緒に、今を生きたい」
単なる意見にすぎなくとも、聞いてほしいものがあった。
「大切なものを失う怖さも、手放す怖さも、手放される怖さも、私は知ってる。でも、そうやって形が変わっても、笑顔が生まれる瞬間がつくれることだって、私は知ってる」
お父さんがいなくなって、お母さんも今は離れていて。
そんな中でも、柚葉ちゃんやみるみるさん、そして深雪くんがいるから、私に笑顔が生まれる。
「それを教えてくれたのは、深雪くんなんだよ。DETOXで会うたびに、心があたたかくなった」
「…そんな」
「そんな、なんてことじゃないよ。深雪くん」
私は強く、手を握りしめる。
「幸せに当てはめなくていい。それでいいから、私は、深雪くんが今を生きられるように、手助けをしたいの」
私は、深く息を吸って、一番言いたかったことを言った。
「私は、いびつな形でも、そばにいてあげたい。友達でも恋人でもない、私たちでいいじゃん」
深雪くんが、孤独を感じてしまう前に。
私が、昔を思い出して、恐怖を感じる前に。
お互いで支え合うんじゃなくて、複雑に絡み合った二本の紐が、するすると形を変えるような。
そんな、不安定で、でもどこかあたたかみを感じる関係になりたい。
「僕は、本当にこんなこと言ってもらっていいのかな」
止まってきた涙を煌めかせながら、深雪くんはそう呟く。
「深雪くんだから、言ってるの。ね?」
深雪くんの涙がまたこぼれてきて、深雪くんは子供のように、私の手で涙を拭いた。
「…どうしよう、信じられない」
「気楽に考えようよ。お金節約のために、深雪くんが高校卒業したら、二人でシェアハウスでもしよう」
そんなの本当にいいのかなぁ、と、深雪くんは泣きながら言う。
私はそのたびに笑って、いいんだよと言った。
私たちの生き方をさえぎる人は、いないんだから。
「本当に、僕を救ってくれて、ありがとうございます」
空は、もう明るくなっていた。