「そんな完璧な乃糸ちゃんの隣にいると、いつも息が詰まる。なんでそんなに完璧なんだろうって思うんです。そのたびになぜか苦しくて」
乃糸ちゃんは、深雪くんを連れ戻してあげようとして、いつも助けに来る。
でもそれは、時には深雪くんを縛る、どうあがいても釣り合わない天秤にのった感情だったのかもしれない。
そう思うと、心臓の鼓動が大きく聞こえるようになるのを感じた。
「そのたびに、乃糸ちゃんの家族も寄り添ってくれるんです。けど、僕にとってそれはいらなかった…。違う、信じられなかった」
寄り添うことが全てじゃない。
寄り添うことが、全ての問題解決に繋がるなんてありえない。
「それから乃糸ちゃんの花女(はなじょ)の受験のために、東京に引っ越したんです。福岡よりも、なんだか僕にとっては東京のほうが居やすかったのを覚えています」
それはとてもよくわかった。
人が多いから、自分の気持ちをその場所に置いていける。
私はそう思う。
「でも、居やすかったから、居づらい乃糸ちゃんの家から出ていくことが増えた。それでも諦めずに、みんなはずっと僕のことを家族のように思ってくれた。それでなんとか頑張って高校受験して、受かって、肩の力が抜けた瞬間、いつもよりもずっと遠いところに行ってしまいたくなった」
「…肩の力が抜けたのに、そう思ったの?」
「だって、もう自由になりたかった。自分勝手だからそう思っちゃう。…僕がどうなったっていい。別に世間を困らせるわけじゃないから。でも、それでも…」

「僕はその愛情を疑った。…疑うことしかできなかった。愛してもらったことがなかったから」

深雪くんの瞳から、涙がこぼれ落ちていくのが見えた。
うずくまって、まるで自分を苦しめるように、深雪くんは泣いている。
その姿を見て、私も自分のことを思い出しながら、涙がこぼれそうになっていた。
「どこかに行こうとして、夜に一人で家を出て、雨が降ってることなんて気にせず、行く当てもなく歩き回った。…なぜか制服でした。そのときは」
なぜ制服だったのか。
それは尋ねなくても分かる気がした。
「それで、見つけたのがDETOXだった」
あぁ、DETOXって、私たちをいつも受け入れてくれる場所なんだな。
私がDETOXを見つけたときと出会いは違っても、その出会いが特別だったことは違いない。
「びしょ濡れのまま店の中に入って、らーさんと会った。そこで初めて、ブラックコーヒーを飲みました。…僕にとっては、その次に飲んだデトックスウォーターの方が美味しく感じた」
そして、デトックスウォーターも、私たちにとっての特別。
「それから、そこで働きたいって思った。同時に、一人暮らしがしたいとも思った。…乃糸ちゃんの家族にそれを伝えたら、最初は反対されたけど、許してもらえました。だから今、こうなってるんです」
深雪くんは、まだうずくまったままだった。