デトックスウォーター


…ん?
どこだ、ここ。
窓の外に広がる空は、朝と夜の間みたいな、曖昧な色をしている。
なんだか知っている香りの部屋には、乃糸ちゃんが好きなみるみるさんのキーホルダーが飾られていた。
乃糸ちゃんの家かな。
…また、僕を連れ戻したんだ。乃糸ちゃんは。
昨日は衝動的に電車に乗り、いつも自分を空っぽにしてくれる町へ行った。
行って、それでどうしたんだっけ。
全く記憶がない。
今も頭がぽわぽわとしていて、まともな考えができない。どうやら僕はぐっすり眠ってしまっていたようだ。
「…うわ、えぐ」
大量の通知がスマホに着ていた。全てメッセージアプリのものだった。
らーさんと、乃糸ちゃんと…。
小桜さん。
「しばらく、会いたくないな…」
ああいう優しい人に、僕みたいな人間が踏み込んでいくのは気が引けてしょうがない。
カフェでも暗い話しかできそうにないため、らーさんに連絡して休ませてもらおうと思った。
トークを開いた、その瞬間に目に飛び込んできたのは驚くものだった。
いくつも並ぶ、「小桜さん」の文字。
『今、お前を探しに小桜さんが行ったよ。迷惑かけんなよ』
『小桜さんは、深雪が思ってるよりも、お前のことで必死になってるよ』
思考が止まった。いや、急激に動き出した、かもしれない。
小桜さんは、昨日僕を探してた?なんで?
結局見つけられたのだろうか。もし今も探していたとしたらどうしよう。
僕のせいで、小桜さんにまで迷惑かけた?
「これくらい、知らないふりできないの…?」
小桜さんは優しいから、こんな僕のことは知ってほしくなかったのに。
僕は、乃糸ちゃんが用意してくれたであろう毛布をぎゅっと抱えた。
ただ、そこから溢れた優しい香りは、いつもカウンター越しに話す優しいあの人の姿を連想させた。
知らないふりをしていたら、次もなんてことなく会えたのに。
でも、こういうときに話したいのは、小桜さんなんだよなぁ。
「もうやだ…」
僕は、ほんの少しだけ涙をこぼす。
小桜さんみたいな人が、いや、でもやっぱり小桜さんが今隣にいたら、心が軽くなる気がする。
「あれ、深雪くん起きた?」
急に部屋の扉がガチャっと開き、見覚えのある人が顔を出した。
俺は突然のことに、状況が読めなかった。
「え、え…」
「まさか、泣いてたの?…今日はお休みだからね。色々話そう、深雪くん」
小桜さん、だよね?
本当に僕のことを探して、家に泊めてくれたのだろうか。
しかもちゃんと布団まで用意してくれて、僕は絶対に迷惑をかけているに違いない。
そんな何がどうなっているのかわからない僕に、はっきりわかったことがただ一つ。
小桜さんは、本当に優しい人で、あたたかい。