「乃糸ちゃん、これ飲んで」
「ありがとう。外が寒かったけん、ちょうどよかよ」
女の子はホットココアを飲んで、そのままずっとカップを握っていた。
深雪くんが、女の子に話しかける。
「この人は、鈴鳴小桜さんっていう人で、最近よくここに来てくれてるお客さんなの」
「うん」
「僕と話して、仲良くなったの。本当に優しい人だよ。悪い人じゃないよ」
「そっか。…深雪が言うなら、そう信じるよ?」
女の子は私の方を向いて、お辞儀をしてこう言った。
「さっきは、あんな態度とってごめんなさい。高校三年の、古賀乃糸(ふるがのい)です。深雪とは幼馴染ですが、深雪は今大学生なので、学校は違います」
乃糸ちゃんは丁寧にそう教えてくれた。さっきは、私が怪しい人だと思っていたのかも。
「ありがとう、乃糸ちゃん。高校生なんだね、私は今二十五歳で…」
「に、二十五歳!?」
乃糸ちゃんがそう叫ぶと、深雪くんが笑った。
「す、すみません…他のお客さんも、すみません…」
「ふはっ!めっちゃ乃糸ちゃん驚いてる」
「だって、こげんあいらしかっちゃん!やけん、うち大学生かて思うてあげんこと言うたっちゃん」
私は思わず、
「あ、あいらしかっちゃん…?」
と呟いてしまった。
すると乃糸ちゃんは、
「私、福岡県出身で、バリバリ博多弁なんですよ!標準語でも話せるんですけど、つい深雪といると博多弁で喋っちゃうんですよね」
と、笑いながら言った。
福岡県出身、博多弁。博多弁は、こんなに可愛いものなんだな。
「じゃあ、深雪くんも福岡出身なの?」
「うん。博多弁、僕はあんまり話さないけど」
「そうなんだ!知らなかったなぁ」
と、とか、ちゃん、とか、語尾につく言葉が可愛らしい。
乃糸ちゃんが喋ると、より可愛さが増す。
「あ、せっかくやし注文したっちゃよか?」
「いいよ」
ん~…。と唸りながら、乃糸ちゃんは真剣にメニューを見つめている。
私はふと、帰らなくていいのかが気になり、深雪くんに訊ねた。
「そういえば、深雪くん。私、帰らなくていいの?」
「はい、もう大丈夫です。…乃糸ちゃんに変な心配かけたくない、っていう自分勝手な理由でごめんなさい」
それって、と、乃糸ちゃんが会話に混ざる。
「帰ってほしかって耳元で言いよったと?うちにそげん心配いらんって」
深雪くんは苦笑いで、
「まーね。そうだったかも」
と小さく言った。
すると乃糸ちゃんが突然、決まった!と、メニューを指差して言った。
「りんごのコンポートください!」
急に?と、深雪くんが笑う。
「私も、えーっと、カシスとピスタチオのケーキお願いします!」
勢いに乗って私も注文すると、乃糸ちゃんも深雪くんも、二人顔を合わせて、ふはっと笑った。
深雪くんが、
「あいらいしかね、こん人」
と言う。
「ほんと、ばりあいらしか」
乃糸ちゃんもそう言う。
私は何を言われているのかわからなかったため、せめて悪い意味ではないといいと願っていた。