「…え」
私は、深雪くんが次に言葉を発するまで、フリーズしていた。
「別に、小桜さんのことを悪く言ってるんじゃない。…追い詰めようとも思ってない」
「うん…」
「だけど、さっき幸せって言おうとしたときの顔が、なんか…。そんなんだったら、わざわざ幸せってしなくていいと思う」
自分の中で、幸せをそこまで考えていなかった。そう言われると、幸せではない、別の何かに、私は当てはまる気がする。
「僕みたいに、幸せとか曖昧に生きてみればいいじゃん」
幸せを、曖昧に。幸せという形とピッタリ合わないものでも、自分でその型を作ればいい。
「だったら僕と一緒に、今の幸せみたいなものを、見つけてみようよ」
夜の澄んだ空気が、窓の間からするすると自分の体へ入ってきた気がした。
綺麗な黒色の瞳の奥に、大人な君がいることはわかってる。
だけど、どうしてそんな急に、私に少年らしく声を掛けるんですか?
優しい言葉をくれて、そんなことまで言ってくれるんですか?
…そんなにも、君って優しいの?
「…深雪くんと私って、どこかが似てる気がする」
私は微笑んで、
「賛成しちゃったら、それ(・・)を分けてくれるここへ何度も来ることになっちゃうよ」
と、深雪くんに言った。
「…連絡先も交換したら、どうなるの?」
「ふはっ!ただ交換したいだけじゃん!」
私は一口、ホットサンドを食べた。
その夜、私のスマホのトークアプリには、深雪、という名前が入れられた。
『あんまりしませんよ、僕』
帰宅して一番最初に届いたものがそれとは少し笑ってしまうけれど、
『私もあんまりしないよ』
と、私も打ち込んでしまった。
じゃあ、何のために交換したのだろう。
でも、悪い気は全くしない。

翌日、私は柚葉ちゃんと会って、何かを手渡された。
「おはよ。突然なんだけどこれ、あげるね」
「え、なになに?」
柚葉ちゃんは笑っていて、渡されたのは一枚の紙だった。
白紙だったため裏返すと、
『すずなりこはるさんへ ゼリーありがとう またあそぼうね ふなばしななか』
と、可愛らしい字で書かれていた。
「…ふふっ、可愛い。これ、㐂禾ちゃんが書いてくれたの?」
「そう。お母さんこれあげて、って、昨日急に言われてさ。見たら小桜への手紙だったんだよ」
なんていい子なの、㐂禾ちゃん…!
文章の横には㐂禾ちゃんの似顔絵が書かれていて、とても可愛い。
柚葉ちゃん、すごくいい子育てしてるんだね。それが伝わってくるよ。
「じゃあ、今度遊ぼうねって伝えておいて!」
「伝えておく。㐂禾喜ぶだろうなぁ!」
やっぱり、「幸せ」は定まっていなくても、忘れてしまうほど小さな「幸せ」を、私は感じて生きている。
もしそれすらも深雪くんがわからないのなら、一緒に、それよりもっと大きい「幸せ」のようなものを、見つけたいとも思った。