「そういえば小桜さんって、どんな会社に勤めてるんですか」
「あ…。私は、他の人よりもお金に困ってて、色々家庭の事情がある人に優しい会社で働いています」
深雪くんは、そう聞いて何も顔色を変えなかった。
私も普段あまりこういうことは話さないのだが、深雪くんがこうやって聞いてくれて、そこまで話すのが嫌ではなくなった。
「…何かあるんですか、家庭の事情って。話さなくてもいいけど」
「ううん、話すよ。後できっとモヤモヤしちゃうでしょ、そう言っても」
私は、なるべく重くならないように、過去の話をし始めた。
「私、小さい頃にお父さんを亡くしてて、お母さんと二人で過ごしてきてたんだ」
深雪くんが、大きく目を開く。ただそれは、驚きよりも、どこか自分を振り返るようなまなざしでもあった。
「…今思えば、別にその生活だって楽しい時もあったんだよ。たくさん。だけど、大きくなっていくにつれて、周りと生活環境に少し差があることを実感してきた」
私はつい、遠い目をしてしまった。
元々お父さんが私の家庭を支えてくれていて、お母さんは専業主婦だった。
けれど、わが家を支えていたお父さんがいなくなってしまうと、悲しんでいる間もなく、私たちは崖っぷちに立たされた。
お母さんは、すぐに働き始めた。
私は放課後に行っていた学童保育所に通えなくなり、代わりに私のような子供たちがいる施設に通うことになった。
一時期は、こども食堂で晩ごはんを食べて、お母さんがせかせかと迎えに来て帰宅する日々が続いた。
正直、そのころはあまり生きている心地がしていなかった。
特にお父さんが亡くなってから間もない時は、ふわふわとしている自分がいた。
忙しくて、突然冷たくなってしまった生活を、信じたくはなかった。
「高校はバイトができるところに入学して、自分もお母さんと一緒にお金を稼いでるつもりだったけど、結局大学には行けなかった」
「…そうなんだ」
「いや、行かなかった、かもしれないな」
私が社会人になろうとしていると、お母さんの病気が見つかった。
私はお母さんのことがとても大切だった。
だから、お母さんが自分のことなんかいいからたくさん働いて稼げ、自由に暮らせと言っても、従わなかった。
「でもね、今の生活でいいの。これでも幸せだか「小桜さん」
私の言葉を遮るように、深雪くんが私の名前を呼んだ。
「僕、あんまり人のこと励ますの苦手っていうか、上手くできないんですけど」
「うん…?」
深雪くんは、自分事のような顔をして、こう言った。
「別に、幸せっていう型にはめなくていいんじゃないの?」