令和六年九月四日、水曜日。日本、岩手県、大祇村。

「ゆう?」

 翔が覗きこんでくる。机でつっぷしていたから。

「どっか痛いの?」
「あ、いや、ちょっとお腹が。……大丈夫」
「帰るべ?」
「あ、ちょっと待って、ちょっとトイレ」

 ゆうは男子トイレにかけこんだ。便座に座り、考える。

(始祖……始祖は誰だ?)

 男か女かもわからない、顔もわからない。ということは、歳もわからないのだろうか。

『そうだよ』
「ベル!」

 聞こえてきた愛しい声に、トイレの個室でひとり声を上げた。

『私たちも、きみが始祖と呼ぶモノに追われていた』
「ベルは見たの?」
『……うん、見たよ』
「見たのっ? 誰、誰だった?」

 ゆうは食い気味に聞くが、愛しい少女の声は暗い。