晩ごはんの時。マーボーなすをほおばりながら、ゆうが昼間の出来ごとを話した。

「犬なんて飼ってないのに、なんでだろ」
「まあ、なんでかしらねえ」

 お母さんも一緒に考える。
 お父さんも、食卓にいる。相原毅。五十二歳で、お母さんとはだいぶ歳が離れてるゆうのお父さん。白髪混じりで細身だけど、いつも背筋を伸ばしていて老けて見えない。音楽の先生で、しぶくてかっこいいけどちょっと怖い。
 そんなお父さんが、黙って音楽雑誌を読みながらマーボーなすをもぐもぐしている。

「何か、言われなかったか」
「え?」
「お前のことを何か、言われなかったか」
「あなた」
「……なんにも?」

『とても……甘い……いい匂い。美味しそう』

 この時なぜか、ゆうはごまかすことを選んだ……なぜだかは、どうしてかわからなかったけれど。お父さんが、雑誌から顔を上げてメガネをくいっとした。怒ってるときによくやる。なんだか気が詰まって、おみそしるをぐいっと飲んだ。

「なんにもなかったってば……」
「……その子とは、もう会うな」
「あなた」
「……なんで?」
「なんでも、だ」
「てか、会うなって、同じクラスだし」
「ダメだと言ったらダメだ。お前はおおかみじゃないんだ!」
「あなた!」

 お母さんが大きな声を出したから、それ以上聞けなかった。

「ほら、テレビテレビ」

 リビングに、ダウンタウンが仕切る観客のぎゃははという声が急に響きわたる。
 でも、その笑いはとてもうるさいのに……どうしてか、静かすぎて怖かった。