「なんだこれ……」

 本殿は、深い渓谷の、いちばん端っこに建ててある。半分洞窟に隠れているが、それでも四、五段階段を登った土台の上に造られている。……つまり。その上からは、境内と下りの階段にいる何百といる人が、ぜんぶ見えるのだ。そしてゆうの目には映っている。鳥居の先の階段から、本殿の真下まで、そこら中に、本当にそこら中に。

「なんだよ……なんなんだよ……」

 最愛のベルベッチカ・リリヰが……ゆうの目に映っているのだ。

「……ベル?」

 そして、その名前を口にした、その瞬間。

 ざっ……

 そこら中にいるベルが、一斉にゆうを「見た」。時間が止まる。何百ものベルの水色に輝く瞳が、うす暗くなりつつある境内で光を放ってゆうをつらぬく。いちども、まばたきすることもなく。

『『『はじまるよ。生きて。私の愛しいきみ。生きて』』』

 最愛の吸血鬼の声は、同時にそう言った。

 ……

 しゃらん。しゃらん、しゃらん。

 大きな鈴の音で、ゆうは我に返る。空は真っ暗で、明らかに何時間か過ぎているのがわかった。目の前を見るが……ベル達の姿は無い。
 ふぃー……ふぃー。お正月によく聞く、あの(しょう)の音が響き出す。

 しゃらん。しゃらん、しゃらん、しゃらん。

 荘厳な雰囲気の鈴の音が鳴って、大祇祭が始まった。