「ただいまー!」
「あら、翔くんはー?」

 帰るとお母さんが聞いてきた。いつもなら翔が必ずくっついてきて、帰るなりうちに上がり込んできて、『イカやろうぜ』とゲーム機を出すから。ゆうは話したいきもちを押さえながら、ゆっくり答えた。

「ううん、話してる。それがさあ……お母さん?」

 大根をとんとんと切っているお母さん。相原静、三十二歳。こんなことを言うと翔にマザコンと言われるからいやだけど、ものすごく美人だし、二十代にしか見えない、ゆうのじまんのお母さんだ。スレンダーで、黒髪のポニーテールに白のTシャツ、細身のジーパンが良く似合う。お化粧がとっても上手で、火傷したことなんて誰も気づかない。
 そんな自慢の母親が手を止めた……みたいに感じた。

「えと……なんて?」
「だからあ、翔は今日来た子と話してるって。それで僕だけ帰ってきたの」
「あ、ああ、そう、お人形さんみたいよね」

 ゆうは目を丸くして「へ?」ともらした。女の子だとは言ってない。

「なんでしってんの?」
「あ……ああ、ああ、あれよ。引っ越してきた時見かけたのよ。可愛い子だったから、ゆうちゃんと同じ学年ならいいなって思って」
「ああ、そか。……うん、金髪の女の子って、他にも居たんだ」

 翔のお母さんも金髪だけど、染めてるのとちがうほんものだったから。こころの中に、ほんのりと暖かいものを感じた。

「それでね、その子、ロシアからきたみたいでね、それでね」
「ああ、ゆうちゃん、ごめん、おみそ切らしちゃってた。おばあちゃんのとこ、お願い」

 お話をさえぎられて、ええと、といっしゅん頭が固まってしまった。

「おみそよ、おみそ。角田さんとこ行ってきて」
「……わかった」
「あ、ほら、いつものちゅうは?」
「もー、はいはい」

 ゆうが青い帽子をずらしておでこを差し出すと、甘えんぼのお母さんはそこにちゅっとちゅうをした。

「おおかみに気をつけるのよ」
「わかったってば」

 逸瑠辺(へるべ)さんのこと話したかったからもやもやしたけど、いいや知ってるなら。そう言い聞かせて、いつもみたいに帽子を目深に被って玄関の引き戸を開けてお使いに出た。