見ると、女の子が立っている。……一歩……二歩。その子が教室に入り、歩くたび、クラスのざわめきが大きくなった。ゆうも、息を呑んだ。その子は先生の横に、ふわり、と浮きそうに立った。いや、本当に浮いているのかもしれない。

(ホントにいたんだ……)

 かっかっかっ、小林先生が黒板にとてもていねいな字で名前を書いた。

 逸瑠辺(へるべ) 千夏。

「へるべちかさんです。みんな、なかよく……」

 くるりと後ろを向いて、その子は黒板にあったもうひとつのチョークで、名前の下に文字を書き加えた。

 逸瑠辺(へるべ) 千夏 リリヰ。

「……ベルベッチカ・リリヰです」

 腰まであるくせの強い金髪。空の色みたいなキラキラした水色の瞳。限りなく薄い色の肌。ちょっとだけあるそばかす。百六十はありそうな身長。バレリーナみたいな手足。かぜだろうか、マスクをしている。学校の制服がまだなのか、青いリボンの付いた、レースのえりの白いひざまでのワンピースを着ている。
 先生が紹介したその女の子は、村のきれいなあの渓流みたいな信じられないくらい透き通った高い声で静かに、そう名乗った。ザワついていた教室がしん、と静かになった。

「……はい、みなさん。千夏さんは、ロシアからはるばるいらっしゃったんですよ。なかよくしてくださいね」
「……よろしく、お願いします」

 マスクのその子は、小さな声で不器用そうにはにかんだ。

(天使じゃん──!)

 相原ゆうはその日、心臓をもっていかれた。