「ベルっ」

 みーんみんみんみん、みーんみんみんみん。ゆうは、冷房の効いた部屋で飛び起きた。ここが自分の部屋だと理解するまで、何秒かかかった。
 ……ベルがいない。
 ここはゆうの部屋、めったに女の子を連れてきたことは無い。あたりまえなのに、それなのになぜか今ベルが居ないことに心が騒いだ。机の上のランドセルをしょった。モビルスーツをまた持って行ってあげたかった。ばたばたと階段を降りると、起こしに来たお母さんと鉢合わせた。

「ゆうちゃん、おはよー……って、今日日曜日だけど?」

 最後まで聞かずに、家を飛び出した。学校まで一キロ。山道を下って、角田屋の前を駆け抜けて、日曜日で校門の閉じた学校を通り過ぎた。そのまま大祇神社の方へ走り、坂をのぼり神社の階段の前を過ぎ、どんどん上って、そして……お屋敷までたどり着いた。上り坂を三キロ位走っただろうか。でも、どんそくのくせに息ひとつ上がっていない。

「ベル!」

 叫んでみたけど、声はがらんどうのお屋敷にこだまするだけ。閉じられた門をよじ登り、ツタを掴んで壁を少しづつ登って、十分くらいかけてようやくバルコニーのベルの部屋の前にたどり着いた。……窓は半分開いている。勢いよく開けたけど、そこにあるのはかび臭い空気だけ。なにもだれも、いなかった。
 と、ふわりと匂いがした。
 四メートル位先のかんおけまで、一歩で進んだ。間違いなくあの子の匂いだ……どこから……ふと、かんおけのふたに隠れた赤い何かが目に留まる。思わず手に取った。あの子のぬいぐるみだ。