谷底の大祇神社の境内。深夜十一時十分、新月の晩。逸瑠辺(へるべ)さんはマスクの右耳のゴムひもをゆっくり外した。そして、口を大きく開いてみせた。

「はじめまして、ゆうくん」

 あっ、ゆうは思わず叫んだ。そこにはニンゲンのそれの三倍は長い犬歯が二対、上下に生えていた。

「新月の始祖。吸血鬼ベルベッチカ・リリヰです……ふふふ、ねえお願い。ベルって、呼んでよ」
「ベル……」
「ふふふ、私、きれい? ふふふ」
「……ベル、ベル……きれいだよ。すごくきれいだ」
「ふふふ、あはははは」

 光る眼が、水色から赤に変わった。そして両手を頬にあて身体をよじって、うっとりと笑った。

「ごめんねえ、ゆうくん! 私もう、我慢できないっ」
「我慢?」
「うん、もう、いい?」
「……なにが、もういいの?」
「いい匂いなんだよ。……きみがっ! とってもっ!」

 三メートル先で笑っていたはずのベルが、とんっと瞬間移動してゆうのほっぺたを両手でつかんで、そして……ちゅっ、とキスをしてきた。しかも舌をからませて。甘い味が、口中に広がった。