それから、五十年が経った。
 六十一歳の岸井沙羅は走っている。あの村に続く、緩やかな山道を。
 間に合って。そう祈りながら。

 ……

 あの村を去ってから。隣の岩手県Y市に引っ越した沙羅はゆうちゃんの夢を何度も見た。
 夢の内容はいつも同じ。
 満月と新月のオリジンになったゆうちゃんが、子供をたくさん産んで沙羅に見せるのだ。
 また子供が産まれたよ。この子はベルベッチカによく似てる。あの子はお母さんによく似てる。
 村は今、とてもにぎやかです。ねえ、沙羅……遊びにおいでよ。
 でも、あの日。さよならを言えなかったことが後ろめたくて。
 どうしても行くことが出来なかった。

 あの村を去って、八年後。
 地元の大学で、岸井という大学生と恋に落ち、結婚した。学生婚だったけど、おじいちゃんはうんうん、と賛成してくれた。
 ただ、一言。

「いいのかい?」

 そうとだけ、言った。沙羅は、その問いかけに、答えられずにいた。その二年後、おじいちゃんは亡くなった。