ほこりまみれでかんおけまで置いてある部屋の窓を開いた逸瑠辺(へるべ)さんは、ゆうの方を見て笑った。

「え……ここが」
「うん。ほら、おいでよ」

 とん、と軽やかに、彼女は自分の部屋に入って手を伸ばした。部屋の中は奥に行くほどひどくかび臭いし、床は腐っているのか歩くとたわんだ。そして……部屋の中には、かんおけ以外何も無かった。
 いや、眼を転じると一つだけ何がある。とんとん、足音を響かせながら部屋の主の女の子はくつのまま上がって、かんおけの上に置いてあったそれを取ってゆうに見せた。ぼろぼろの、赤い服を着た女の子のぬいぐるみは、ボタンで出来た左目が取れている。

「ヨウコソ ベルベッチカノ オウチヘ……ふふ。可愛いでしょ。宝物なんだ……どうかした?」
「その……お母さんとお父さんは?」
「ずっとずっと昔に死んじゃったよ。きみが、生まれるずっと前。今はいない」

 逸瑠辺(へるべ)さんはそう言うと、ぬいぐるみを元あったかんおけの上に置いた。
 ゆうは、矢継ぎ早に質問を浴びせる。

「ここで寝てるの? この中で?」
「寝ないんだ、私。これは私を納めるただの箱」
「ごはんとかは?」
「食べない。ニンゲンとはちがうんだ」
「……え?」
「違ったね、『まだ』ニンゲンだったね」

 ゆうは、言われてる事が理解できない。ニンゲンじゃないというその子は、部屋のいちばん奥、ドアの前で体育座りで扉にもたれた。真っ白のぱんつが見えてしまっているけれど、気にもしていない。部屋の中はとても暗くてきれいな瞳は水色に光っている。

「きみはみんなとは違うよ。私と同じ」
「……なにが、同じなの……?」
「新月を選んだ方。まだ『始祖の力』が完全には目覚めてないだけ」

 ぽつ、ぽつとバルコニーに雨がぱらつく音がし始めた。ゆうの中の不安と共に、雨音も大きくなっていく。

「みんなはもうすぐ満月を選ぶ。そしたら私、きみとは会えなくなるからね」