「おぎゃあ。おぎゃあ」

 赤ん坊の鳴き声が聞こえた。遠い、遠い昔。狼の母様達と過ごした記憶が唐突によみがえる。姉は、その赤ん坊を抱いた。なぜだかはわからない。

「この子は今日から私たちの子供よ」
「おぎゃあ。おぎゃあ」
「……エレオノーラを、返せ……」
「何言ってるの。絶対、絶対嫌よ。この子は、この子はもう私の。絶対に手放すもんですか」
「エレオノーラぁぁ!」

 背中で愛しいベルベッチカの声を聞きながら、姉は愛しい愛しい赤ん坊を抱いて村へ戻った。
 ちょうどその頃、流産で赤ん坊を失ったヒトの父親が居たのを、知っていた。

「誰か? そこに誰かいるのか?」

 素顔は出さなかった。夕闇に溶け込み、男の心を、誘う。

「欲しい? 子供が欲しい?」

 あくまで淡々と、心を殺して心の隙を突く。

「明日、大祇神社の本殿に、礼拝なさいな。子供を授けてあげる……その代わり、対価をもらうわ」

 村の男はすべて姉妹のしもべ。与えるも奪うも、すべては彼女の一存であるのだから。

 ……