一時間目、気だるい水曜日の午前中が始まった。

「なあ、なんであいつ、いつもマスクなんだろな」
「なんでって……そういえば、なんでだろ」
「な、なぞだべ?」

 翔が理科室の窓際に座る転校生を見ながら不思議そうにひそひそ聞いてきた。翔も昨日のことからは、だいぶ落ち着いてきたみたいだ。当の本人は、授業に興味が無いのか相変わらず校庭を見ている。
 何を見てるんだろうと気になった。
 ……もしかしたら何も見てないのかもしれない。なぜだか、そう思った。

 ……

 それから、何日も、ゆうは逸瑠辺(へるべ)さんを観察した。授業中はもちろん、体育の時間もマスクをしている。プールは見学、やっぱりマスクをしている。
 そして給食の時間でも。

「いっただっきまーす!」

 翔がバカみたいに大きな声でそういうと、カレーを夢中で口に運んだ。ゆうも好きだし、みんなで席をくっつけて食べるのはかくべつなのだ。
 沙羅が、後ろの席の逸瑠辺(へるべ)さんに言った。

「くっつけなさいよ」
「いいよ、私は」
「給食の時間はくっつけるの!」

 はあ、とため息をつくと、ぐいっと席をくっつけた。みんなも大好きなカレーだ、お腹も減ってるはず……けれど、マスクのその女の子は一口も食べないし、外すこともない。カレーを前に、じいっと静止したまま、スプーンすらにぎらない。おなかが減らないのか、不思議に思った。

「うん」
「……食べたくないの?」
「食べられないんだ」
「……じゃあ何なら食べれる?」

 すると少食な少女は、ちゅうするみたいに顔を近づけてほっぺたをさわって、おでこの匂いをかいだ。

「……きみ。大好き。とってもあまいから」

 ゆうは耳まで真っ赤になった。
 忘れ物クイーンのメガネのみかと、クラスでいちばんおしゃれな三つ編みの結花が、目と目を合わせて恥ずかしそうに、きゃーとさけんだ。