彼女はぴたりと、沙羅をおんぶしたまま立ち止まった。

「マスクのこと?」
「……うん」

 触れちゃいけないことのような気がして。でも、知りたくて。

「見たい?」

 水色のきれいな目が、くるりと振り返る。

「ゆうくんになら、見せてもいいかな。私の、マスクの下」

 だれもいないお屋敷の庭の、湿った落ち葉のじゅうたんの上で。沙羅をおんぶした逸瑠辺(へるべ)さんはゆうにそうとだけ言うと、背を向けた。

「待って、なんで僕にだけ……」

 でも逸瑠辺(へるべ)さんは後ろを向いたまま、答えてはくれない。

「ねえ、なんで」

 信じられないことにマスクのその子は、沙羅をおんぶしたまま鎖で繋がれた、二メートルはある高さの門を、ぴょんと飛び越えた。あっ。声を上げた時には、もういない。
 追いかけようと一歩踏み出すと。何かをふんだ。きらきらしてて、見たことがある。大祇村のマークのバッジだ。たしか……社会の時間に習ったけれど、議員のえらい人がつけてるんじゃなかったっけ。
 身近な議員の人といえば……航だ。お父さんが市議会議員だった……はず……ポスターで見たことある。茶化して遊んだから、間違いない。けれどなぜそれがここにあるのか。さっきの百円玉も、このバッヂも。なにもかもがちぐはぐで、違和感だけがふくれあがる。

 がさっ……がさがさっ……

 また、お屋敷の庭の奥から音がする。まだ何かを隠しているかのように。
 びくんと、ゆうは身体を強ばらせた。
 何かに見られてるような、そんないやな気配がべったりとまとわりついてはなれない。

 がさっ……

 音が近づいてくる。気味が悪くなったゆうは、制服のハーフパンツのポケットに議員バッジをしまって、駆け足で山道を神社の方へ逃げ帰った。

 ……