きーん……耳鳴りがする……目の前は真っ白だ。

 ぐああっ! どがっ。ぎゃひん!

 何か、音がする……犬の鳴き声みたいな……ゆうは目をゆっくり、ゆっくり開いた。

 金色の風が、おおかみに襲いかかっている。聞いたことのある女の子の声がする。

「やぁっ!」

 ぎゃひいんっ! 逸瑠辺(へるべ)さんの一蹴が、おおかみのお腹を直撃した。ぎゃいん、ぎゃいん……ものすごく痛いのか──骨でも折れたのかもしれない──、泡を吹いて転げ回ったあと、屋敷の裏の森へ逃げていった。

「ふう。……だいじょうぶかい? ゆうくん」

 逸瑠辺さんは、息をひとつも切らさずに、ゆうと沙羅を見た。
 うえーん。沙羅は後ろで尻もちをついたままおしっこをもらしていた。
 はっ、はっ。危機を脱したゆうは心臓が爆発しそうなほどどきどきしていて、肩で息をしている。

「う、うん……なんとか……でも、君……どしてそんな……その……」
「ベルって呼んでよ。……気にしないでいい。……さ、たてる?」

 聞きたいことが言葉にならないゆうに、逸瑠辺さんはまるで、かんたんな宿題を代わりにやってくれたかのようなすました顔で、苦もなく質問を流した。

「ひっぐ。ひぃっぐっ」
「よいしょっ……と」

 しゃくりあげる沙羅を軽々とおんぶすると、ゆうに背を向けた。
 そういえば。こんな時にも、彼女はマスクだ。返り血がべっとり付いてしまっているのに。……ふと、気になった。

「ねえ、なんでいつも、それしてるの」