宮廷は大混乱に陥っていた。
 皇帝が四夫人を用済みだと払い下げたので、実家である大臣たちが抗議の声を上げていた。
 声を受ける皇帝はそんなものなど何処吹く風、気に入らないなら大臣を辞せと流している。それどころが大臣の部下を科挙に及第した優秀な若者に挿げ替えていき、包囲網を狭めていた。
 不利な状況下で大臣たちは仕事を放棄する。自分たちが仕事をしなければ、宮廷は回らないと踏んだのだ。
 それが虎の尾。踏んでしまった大臣たちは「仕事をしないのなら不要」と罷免されてしまった。
 大貴族が一層され、ついでに子飼いも追い出されたため彼らの間で大混乱に陥ったのだ。
 宮廷はというと、()家、(ジン)家、(マオ)家で占められた。いずれも皇帝に近しい者たちである。家柄だけでなく個人の才も評価されたため若い大臣が誕生した。
 という話を長兄から聞き、美羽(メイユー)は自分の処遇で宮廷が激震していることに寒気を覚えた。
 金敏(ジンミン)は長兄で、()家の血筋である。しかし顕現せず徒人として生まれたために母方の姓である金を名乗っていた。わざわざ蛾であることを喧伝しなくてもいいという家の方針だった。
 そんな訳で人間の一官僚として励んでいるはずだったのだが、正三位になったよー! と面会に訪れたのである。
 上に何人もいたはずだが、纏めて罷免されたそうで「お前のお陰だよ」と長兄は笑った。恐ろしい。

「寵愛深き()貴人におかれましては、これからも我が一族のためご尽力賜りたく」

「何でこんなことになってるのか解らないわ。まるで傾国じゃないの」

 思わず声に出る。こんなこと一寸たりとも望まなかったのに、()家は一躍時の人だ。

「そう、国をいい方向に傾けてるんだよ」

「ものは言いようね」

「でも地盤固めはずっとなさっておいでだったよ。四夫人もいつでも切って捨てられる大臣の家の女人だから選定してた、って感じみたいだし」

 だから飛んじゃっても問題ないよね、とへらっとしている金敏(ジンミン)に軽い頭痛を覚える。
 実家に貢献するつもりはなく、ただ唯玉(ウェイユー)の傍にいられれば良かった。なのに実家にとても貢献している。父や兄は欲はかかないだろうが、周囲の心証は悪そうだ。
 
「精々寝首をかかれないことね。わたしも気をつけるけど」

「わかってるよ。これ、お礼ね」

 そう言って小さな瓶を差し出した。

「なに、これ?」

「うーん、薬かなぁ。竜に効くかは自信がないけど」

 さっと目配せして猫杏(マオシン)を呼び寄せ、一口毒味をさせる。

「疑ってる?」

「そういう問題ではなく。しかし(ミン)兄が実は罷免された一団の手先で、主上に毒を盛ろうとしている可能性はあるにはあるわよね」

「ひどいなー」

 薬らしきものを口に含んでじっくり味を確かめていた猫杏(マオシン)は、吐き出さず嚥下した。毒ではないのだろう。

美羽(メイユー)様、これ媚薬です。主上が飲んだら酔っ払うと思うです」

「蟒蛇の主上が酔うの? これで? 何で媚薬?」

 疑問には答えず金敏(ジンミン)は席を立つ。

「朝になっても寝かさないぜ! って感じでひとつ」

 それは全身筋肉痛になるものではないだろうか。
 不眠症の治療が終わり、どちらからそういったことを切り出そうか密かな攻防になっている。
 さっさと既成事実を作り、実家の権勢に貢献せよという密命か。それともただのお節介か。

「幸せにな、美羽(メイユー)

 それだけ言うと長兄は去って行った。
 媚薬のことは猫杏(マオシン)に報告義務があるため、すぐに唯玉(ウェイユー)に知られる。
 飲ませるか飲まないか。伸るか反るか。
 飲ませるくらいなら飲んでやる! と一気に口に流し込んだ。
 兄から貰ったものだからか捨てるという頭はなかった。

「あっ、それ、即効性あるです……!」

 と、飲み込んでから耳に届く。
 昼間であるが、さっと身体を拭き清められると竜神宮の寝所に放り込まれる。
 程なくして血相を変えた唯玉(ウェイユー)がやってきて、翌日の昼まで寝所は開かずの間になるのであった。