翌日、美羽が目を覚ますと既に正午だった。
ちょうど正午の鐘が聞こえて飛び起きる。
寝過ぎた!? とあたふたするが、頭が軽く身体も重石が取れたような軽快さを感じた。試しに寝台から降りてみるが、しっかり自分の足で立てた。
そうこうしていると、寝所に女官が何人か入ってくる。
「蛾美人、お目覚めでしたか。体調はいかがでしょうか」
「問題ないわ。随時寝ていたようね」
「主上から『ひどく疲れているから起きるまで寝かせていてくれ』と仰せつかりまして。お召し替え致しましょうか」
広げられた衣装は恐らく宮にあったものだ。その中でもまともなものを持ってきたのだろう。女官は洗濯に出すのもさぼっていたはずだ。
「まともな衣が残っていたのね」
「主上は尚服部に蛾美人の衣装を急ぎ仕立てるよう指示なさいました。明日には新しい衣装をご覧に入れましょう」
年嵩の女官はにこりと笑う。有翼の顕現は衣装を特注せねばならないため、時間も掛かるし値も張る。それが明日には着られると言われ乾いた笑いが出る。
まるで寵愛されているようではないか。
愛玩、執着、そう言った感情も寵愛なのか頭を悩ませているうちに、女官たちは手際よく着付けていく。
久し振りに髪を結い上げられ、仕上げに金の簪を挿す。簪は竜が象られていて言い知れぬ圧を感じる。
怖気に震えているのを悟られぬように堪えていると、女官たちが一礼した。
「お身体に不調が出てはいけませんのでお召し替えを先に、ご挨拶を後回しに致しました。ご無礼をお許しください。私は猫娜と申します。蛾美人のお世話を主上より仰せつかりました」
猫娜は綺麗な所作で拱手する。
「よいわ。面を上げて。他の女官を紹介してちょうだい」
「かしこまりました。右から芽衣、瑞季、猫杏と申します。全て猫一族の者で猫の顕現を得ております」
四人は猫耳をひょこひょこと揺らす。
その様子が可愛らしくて思わず笑ってしまった。
「あなたたちの耳、素敵ね」
「服の下ですが尻尾もございますよ」
「まあ!」
猫とは無条件で愛らしいものだ。
美羽は四人をいっぺんに気に入ってしまう。
本能がこの人たちは虐めてこないだろうと言っていた。
「ここのことはよくわからないからお願いね。食事をしたら散歩をしたいの」
「かしこまりました。お食事をお持ちしますね」
三人娘は下がり、猫娜が寝所に残る。
食事が運ばれてくるまで手持ち無沙汰だったので卓について、猫娜に話し掛けた。
「あなた、普段は何をしているの?」
「竜神宮の女官長でございます。主上の乳母でございまして、主上の身の回りのことも少々」
乳母か、と思い納得する。乳母は特別な存在である。美羽の乳母は五歳の時に辞したが、今でも年始の挨拶の手紙は欠かさないでいた。
若く攻撃的で立場を成り代わってやろうという気概に満ちた女官しかいなかった美羽にとっては、年嵩で穏やかに見える猫娜はとても安心する。
「わたしのことは何処まで聞いているのかしら?」
「籠の鳥ならぬ籠の虫にしたい女性が出来た、と伺っています。加えて、重度の不眠症で治療したいので囲っていると」
それは寵愛なのだろうか。何かが違う気がする。
子供が綺麗な虫を見つけて持ち帰った、弱っていたから面倒を見ている、と言ったところか。
百面相をしていると猫娜はくすりと笑った。
「坊ちゃんはまだまだ愛情表現が未熟と見えますね」
「坊ちゃん……」
皇帝のことを坊ちゃんとは乳母はやはり特別である。
「二十五歳になろうとも子供には変わりないのですよ。坊ちゃんの幼い頃にご興味ございませんか?」
「あります!」
勢いよく答える。
美羽は今の皇帝しか知らない。美貌の竜が幼い頃どんな子供だったかは単純に興味があった。
「では、散歩の時にでもゆっくりお話しましょう。今はお食事ですね」
ちょうど三人娘が食事を持ってきて、猫杏が毒味をしてくれる。
並べられたのは餅、饅頭、韮餃子。いくつかの副菜と春雨の汁物。
「主上のご指示ですか?」
「はい、こういったものを出してくれと仰いまして」
美羽が食べようとして満足に食べられなかったものだ。
少しどきどきしながら韮餃子を食べる。ちゃんと韮の味がした。餅もよく焼かれていて、もちろん黴なんてない。饅頭にかぶりつく時は恐れなんかなかった。
「とても美味しいです」
泣きながら笑うと猫娜が涙を拭いてくれる。
あまりにも暖かくて、嬉しいのに傷口が沁みるように心が痛かった。
一服し、美羽は庭に出た。
春の陽射しが柔らかく、散歩にちょうどいい。
適当に歩きながら猫娜の話に耳を傾ける。
「坊ちゃん……いえ、主上は先の薬賢妃のひとり息子でいらっしゃいます。幼い頃は愛らしく薬賢妃に愛されて育ちました。虫をよく捕まえては飼ってご母堂も私もその度に悲鳴を上げておりました」
「わたしには悲鳴を上げなかったの?」
ちょっとした悪戯心で訊ねてみる。
猫娜は耳を揺らし頷く。
「悲鳴を上げましたとも。妃嬪のようではありましたが、いったい何処のお嬢様を攫ってきたのかと」
それもそうか。
特に意識がなかったから余計に人攫いのようだっただろう。
「ごめんなさい、続けて」
「幼い頃から何を考えているかよく解らないところがおありでした。周囲に心を閉ざしたのは十歳の時、薬賢妃がお亡くなりになったことでした。毒殺……でした。遅効性の毒で、毒味では判明しなかったのです。主上は竜の顕現の力が強く、毒が効かずにお命に別状はなかったのですが」
毒殺、のところで声が震えていた。大切な主人だったのだろう。
「主上が生まれる先年に皇后陛下に男子が生まれたばかりで、順当に成長すれは皇子のひとりに過ぎません。しかし皇太子が病で亡くなり、先の皇帝陛下はその後に事故で亡くなりました。帝城で主上はこう呼ばれました“悪竜の皇帝”と。みな、全てを主上のせいだと思っているのです」
美羽のが知っているのは美しく、強く、冷たく、理知的で、善い施政の皇帝だということ。加えるなら虫に対して世話焼き気質なのではないかということだ。
だからそんな悪し様に言われているとは思いもしなかった。
「それにある時から女性を毛嫌いされるようになりました。皇帝の義務であるので妃嬪の方々の元には行かれるのですが、用が済むと帰っていらっしゃいます」
「そうなの」
彼が優しく見えるのは美羽が虫だからだろうか。
「虫には優しかったのよね、きっと」
「蛾美人はお美しい蛾の顕現でいらっしゃいますが、それだけではないようにお見受けします」
本当だろうか。
本人が言ったように「死にかけの羽虫が存外美しかった」からだけではないなら、一体どんな感情だと言うのだろう。「初めて美しいと思ったから」とも言っていた。その情動に名前をつけるなら何なのだろう。
「蛾美人は主上のことをどうお思いでいらっしゃいますか」
「そうですね……善い施政の皇帝に相応しい、優しい方だと思います」
虫か人かはさておき、昨日から彼はずっと優しい。
ならばそれを信じてみよう。
美しいことしか取り柄のない蛾でも、傍にいることは出来るから。
夕方、書斎に置いてあった歴史書を読んでいると唯玉が戻ってきた。
美羽も出迎えに行くと、頬をむんずと掴まれ下瞼を引っ張られる。これは貧血の確認だ。
「顔がまだ白いが、貧血はなさそうだな。今日は何をしていた」
「はい、散歩に出て、その後は書斎の書を読んでおりました」
唯玉は満足そうに頷くと食事を用意させる。
芽衣と瑞季が卓を整え、猫杏が毒味をする。
彼には肉料理、美羽には薬膳が用意された。立派な食事に涎が出そうになる。
唯玉が女官に下がるように言い、夕食が始まった。
「昨日より随分元気そうだ。女官は問題ないか」
「はい。猫娜はとても優しくて母を思い出します。他の子も問題ないです」
庭で話をしたことを話す。
小さい頃は愛らしかったこと、虫を飼っていたこと、小さい頃から何を考えているのかよく判らなかったこと。それから薬賢妃が亡くなったあとの話。いつの頃から女嫌いになったこと。
「そんなに色々なことを聞いたのか」
陰を孕んだ様子に、悪いことをしてしまったのかと慌てる。
「申し訳ございません! ご気分を害したのでしたら即刻忘れます」
「……お前は我が悪竜と呼ばれていることをどう思った」
気に掛かっていたことはそこらしい。
ならば、と胸を張って答える。
「主上は善なる竜でございます! どのようなご不幸があれど善政を施く皇帝であることに代わりありません」
「妃嬪ですら我を悪竜だと陰で嗤っているのにか」
そんな非道いことがあったのか、と言葉が出なくなる。それは女嫌いにもなるだろう。
しかし、美羽は己を奮い立たせた。
「優しくて、甲斐甲斐しいです。何を考えているのかよく判らないところは確かにありますが、このような虫を哀れんでくれました」
精一杯思っていることを伝える。
話しているうちに唯玉の陰が消えた。
「忘れなくていい。お前は覚えていろ」
「はい! あの、ひとつ質問が」
「なんだ」
雰囲気が優しい。今ならいける。
気になっていたことを思い切って訊ねてみる。
「女嫌いなのにわたしは大丈夫なのでしょうか!?」
唯玉はふっと金の瞳を緩めた。
「お前は特別らしい、美羽」
特別穏やかな瞳を見て、胸が高鳴る。
蛾が竜に焦がれて叶うのだろうか、この想いは。
ちょうど正午の鐘が聞こえて飛び起きる。
寝過ぎた!? とあたふたするが、頭が軽く身体も重石が取れたような軽快さを感じた。試しに寝台から降りてみるが、しっかり自分の足で立てた。
そうこうしていると、寝所に女官が何人か入ってくる。
「蛾美人、お目覚めでしたか。体調はいかがでしょうか」
「問題ないわ。随時寝ていたようね」
「主上から『ひどく疲れているから起きるまで寝かせていてくれ』と仰せつかりまして。お召し替え致しましょうか」
広げられた衣装は恐らく宮にあったものだ。その中でもまともなものを持ってきたのだろう。女官は洗濯に出すのもさぼっていたはずだ。
「まともな衣が残っていたのね」
「主上は尚服部に蛾美人の衣装を急ぎ仕立てるよう指示なさいました。明日には新しい衣装をご覧に入れましょう」
年嵩の女官はにこりと笑う。有翼の顕現は衣装を特注せねばならないため、時間も掛かるし値も張る。それが明日には着られると言われ乾いた笑いが出る。
まるで寵愛されているようではないか。
愛玩、執着、そう言った感情も寵愛なのか頭を悩ませているうちに、女官たちは手際よく着付けていく。
久し振りに髪を結い上げられ、仕上げに金の簪を挿す。簪は竜が象られていて言い知れぬ圧を感じる。
怖気に震えているのを悟られぬように堪えていると、女官たちが一礼した。
「お身体に不調が出てはいけませんのでお召し替えを先に、ご挨拶を後回しに致しました。ご無礼をお許しください。私は猫娜と申します。蛾美人のお世話を主上より仰せつかりました」
猫娜は綺麗な所作で拱手する。
「よいわ。面を上げて。他の女官を紹介してちょうだい」
「かしこまりました。右から芽衣、瑞季、猫杏と申します。全て猫一族の者で猫の顕現を得ております」
四人は猫耳をひょこひょこと揺らす。
その様子が可愛らしくて思わず笑ってしまった。
「あなたたちの耳、素敵ね」
「服の下ですが尻尾もございますよ」
「まあ!」
猫とは無条件で愛らしいものだ。
美羽は四人をいっぺんに気に入ってしまう。
本能がこの人たちは虐めてこないだろうと言っていた。
「ここのことはよくわからないからお願いね。食事をしたら散歩をしたいの」
「かしこまりました。お食事をお持ちしますね」
三人娘は下がり、猫娜が寝所に残る。
食事が運ばれてくるまで手持ち無沙汰だったので卓について、猫娜に話し掛けた。
「あなた、普段は何をしているの?」
「竜神宮の女官長でございます。主上の乳母でございまして、主上の身の回りのことも少々」
乳母か、と思い納得する。乳母は特別な存在である。美羽の乳母は五歳の時に辞したが、今でも年始の挨拶の手紙は欠かさないでいた。
若く攻撃的で立場を成り代わってやろうという気概に満ちた女官しかいなかった美羽にとっては、年嵩で穏やかに見える猫娜はとても安心する。
「わたしのことは何処まで聞いているのかしら?」
「籠の鳥ならぬ籠の虫にしたい女性が出来た、と伺っています。加えて、重度の不眠症で治療したいので囲っていると」
それは寵愛なのだろうか。何かが違う気がする。
子供が綺麗な虫を見つけて持ち帰った、弱っていたから面倒を見ている、と言ったところか。
百面相をしていると猫娜はくすりと笑った。
「坊ちゃんはまだまだ愛情表現が未熟と見えますね」
「坊ちゃん……」
皇帝のことを坊ちゃんとは乳母はやはり特別である。
「二十五歳になろうとも子供には変わりないのですよ。坊ちゃんの幼い頃にご興味ございませんか?」
「あります!」
勢いよく答える。
美羽は今の皇帝しか知らない。美貌の竜が幼い頃どんな子供だったかは単純に興味があった。
「では、散歩の時にでもゆっくりお話しましょう。今はお食事ですね」
ちょうど三人娘が食事を持ってきて、猫杏が毒味をしてくれる。
並べられたのは餅、饅頭、韮餃子。いくつかの副菜と春雨の汁物。
「主上のご指示ですか?」
「はい、こういったものを出してくれと仰いまして」
美羽が食べようとして満足に食べられなかったものだ。
少しどきどきしながら韮餃子を食べる。ちゃんと韮の味がした。餅もよく焼かれていて、もちろん黴なんてない。饅頭にかぶりつく時は恐れなんかなかった。
「とても美味しいです」
泣きながら笑うと猫娜が涙を拭いてくれる。
あまりにも暖かくて、嬉しいのに傷口が沁みるように心が痛かった。
一服し、美羽は庭に出た。
春の陽射しが柔らかく、散歩にちょうどいい。
適当に歩きながら猫娜の話に耳を傾ける。
「坊ちゃん……いえ、主上は先の薬賢妃のひとり息子でいらっしゃいます。幼い頃は愛らしく薬賢妃に愛されて育ちました。虫をよく捕まえては飼ってご母堂も私もその度に悲鳴を上げておりました」
「わたしには悲鳴を上げなかったの?」
ちょっとした悪戯心で訊ねてみる。
猫娜は耳を揺らし頷く。
「悲鳴を上げましたとも。妃嬪のようではありましたが、いったい何処のお嬢様を攫ってきたのかと」
それもそうか。
特に意識がなかったから余計に人攫いのようだっただろう。
「ごめんなさい、続けて」
「幼い頃から何を考えているかよく解らないところがおありでした。周囲に心を閉ざしたのは十歳の時、薬賢妃がお亡くなりになったことでした。毒殺……でした。遅効性の毒で、毒味では判明しなかったのです。主上は竜の顕現の力が強く、毒が効かずにお命に別状はなかったのですが」
毒殺、のところで声が震えていた。大切な主人だったのだろう。
「主上が生まれる先年に皇后陛下に男子が生まれたばかりで、順当に成長すれは皇子のひとりに過ぎません。しかし皇太子が病で亡くなり、先の皇帝陛下はその後に事故で亡くなりました。帝城で主上はこう呼ばれました“悪竜の皇帝”と。みな、全てを主上のせいだと思っているのです」
美羽のが知っているのは美しく、強く、冷たく、理知的で、善い施政の皇帝だということ。加えるなら虫に対して世話焼き気質なのではないかということだ。
だからそんな悪し様に言われているとは思いもしなかった。
「それにある時から女性を毛嫌いされるようになりました。皇帝の義務であるので妃嬪の方々の元には行かれるのですが、用が済むと帰っていらっしゃいます」
「そうなの」
彼が優しく見えるのは美羽が虫だからだろうか。
「虫には優しかったのよね、きっと」
「蛾美人はお美しい蛾の顕現でいらっしゃいますが、それだけではないようにお見受けします」
本当だろうか。
本人が言ったように「死にかけの羽虫が存外美しかった」からだけではないなら、一体どんな感情だと言うのだろう。「初めて美しいと思ったから」とも言っていた。その情動に名前をつけるなら何なのだろう。
「蛾美人は主上のことをどうお思いでいらっしゃいますか」
「そうですね……善い施政の皇帝に相応しい、優しい方だと思います」
虫か人かはさておき、昨日から彼はずっと優しい。
ならばそれを信じてみよう。
美しいことしか取り柄のない蛾でも、傍にいることは出来るから。
夕方、書斎に置いてあった歴史書を読んでいると唯玉が戻ってきた。
美羽も出迎えに行くと、頬をむんずと掴まれ下瞼を引っ張られる。これは貧血の確認だ。
「顔がまだ白いが、貧血はなさそうだな。今日は何をしていた」
「はい、散歩に出て、その後は書斎の書を読んでおりました」
唯玉は満足そうに頷くと食事を用意させる。
芽衣と瑞季が卓を整え、猫杏が毒味をする。
彼には肉料理、美羽には薬膳が用意された。立派な食事に涎が出そうになる。
唯玉が女官に下がるように言い、夕食が始まった。
「昨日より随分元気そうだ。女官は問題ないか」
「はい。猫娜はとても優しくて母を思い出します。他の子も問題ないです」
庭で話をしたことを話す。
小さい頃は愛らしかったこと、虫を飼っていたこと、小さい頃から何を考えているのかよく判らなかったこと。それから薬賢妃が亡くなったあとの話。いつの頃から女嫌いになったこと。
「そんなに色々なことを聞いたのか」
陰を孕んだ様子に、悪いことをしてしまったのかと慌てる。
「申し訳ございません! ご気分を害したのでしたら即刻忘れます」
「……お前は我が悪竜と呼ばれていることをどう思った」
気に掛かっていたことはそこらしい。
ならば、と胸を張って答える。
「主上は善なる竜でございます! どのようなご不幸があれど善政を施く皇帝であることに代わりありません」
「妃嬪ですら我を悪竜だと陰で嗤っているのにか」
そんな非道いことがあったのか、と言葉が出なくなる。それは女嫌いにもなるだろう。
しかし、美羽は己を奮い立たせた。
「優しくて、甲斐甲斐しいです。何を考えているのかよく判らないところは確かにありますが、このような虫を哀れんでくれました」
精一杯思っていることを伝える。
話しているうちに唯玉の陰が消えた。
「忘れなくていい。お前は覚えていろ」
「はい! あの、ひとつ質問が」
「なんだ」
雰囲気が優しい。今ならいける。
気になっていたことを思い切って訊ねてみる。
「女嫌いなのにわたしは大丈夫なのでしょうか!?」
唯玉はふっと金の瞳を緩めた。
「お前は特別らしい、美羽」
特別穏やかな瞳を見て、胸が高鳴る。
蛾が竜に焦がれて叶うのだろうか、この想いは。