過去を思い出すのは嫌い。突然なんの前振りもなく振られたときは、心が死んだと思った。彼女の顔を二度と見たくないと思った。
 二回目の時は平気だった。心がまだ半分死んだ状態だったからだろうか。
 シーはたくさんの男とつきあえばいいんだ。その間にわたしは殺された自分を取り戻す。
 そのつもりだったのに、放課後の教室でモモが叫んだ。
「やっぱりモモがいい。モモが一番好き!」
 ほつれていたスカートのすそに気付いて、まつり縫いしてあげた直後のことだ。
 よりを戻す言葉も前回と全く同じなのがシーの凄いところ。
「男はさあ、いつもあればっかり。あげくに胸が小さいとかテクがないとか文句たらたら。今日わたしの誕生日なのに、恋人がいないなんていやよ。ねえ、モモ、疲れたよお。癒やして~」
 腕を組んでもたれかかってくれるのは嬉しいけれど、大声で言うことじゃないよ。クラスメートの男子がこっち見てるじゃんよ。
 振られた男とヘボイが苦々しげな顔で席を立った。
「女同士でキモ!」
 教室を出て行きざま、男は捨て台詞を吐いていった。教室内がどっとわく。シーのエンタメ劇場のファンは多い。
 ヘボイは目を伏せて、軽く会釈をして去っていった。
 わたしは胸が痛んだ。胸が痛んだことに安堵した。
 ヘボイをあてがう目論見は失敗したけれど、こういう展開は実にシーらしいのだ。
「注目されたいなら別の人がいいんじゃないの。わたしじゃマンネリでしょ」
 気のない素振りをしてみせたら、シーはふんと鼻を鳴らした。その鼻先を摘まんで口に放り込みたい。
「男は体を満たしてくれるけど、モモは心を満たしてくれるもん」
「ふうん。あ、読書感想文書いた? シーは未提出だったでしょ。期限は今日の放課後までだったよ」
「あー、忘れてた。モモが悪いんだよ」
「わかった。ノート出して。書いてあげる」
 お先に、ばいばい、と去っていくクラスメートたち。
 彼らがなにを考えているかは顔を伏せていてもわかる。
 どうぞ、惜しげもなく嘲笑してよ。
「やっぱモモが好き。モモから一生離れられなかったらどうしよう」
 そういうシーのまなざしは、チョロいわたしを蔑んでいる。人を馬鹿にしている時のシーの目は綺麗だ。えぐってレジンの中に閉じ込めたい。
「いいよ。シーのためなら何でもするもの」
「モモはアホみたいに優しいよね。わたしにだけは」
 あたりまえじゃないの。わたしは一生シーを閉じ込める。虫籠の中にいることに気付かせないように細心の注意を払う。
 でもそれは優しいからじゃなくて、ナチュラルな状態を観るのが好きなの。
 わたしは尽くし続けてあなたを餌付けする。