元凶なんて言い方をするのは心苦しいのですが、そもそもの始まりは友人のせいだったのです。

恨んではいますが、一応は友人と呼べる関係性だったので、本名を出すのは控えます。

その友人を仮にAとしますが、Aと私は幼稚園から中学までずっと同じクラスで、親友といっても過言ではない間柄でした。

しかし高校で進路を違えてからは次第に連絡も取らなくなっていき、私にいたっては連絡先の整理の際に消去するか悩むくらいにAの存在は薄くなっていました。

そんなAから連絡があったのは、11月4日のことです。

その日は月曜ですが祝日で、私は陶器販売のイベントに足を運んでいました。ふいに鳴ったスマホを手にとるとディスプレイにAの名前が表示されていたので私は驚いて、思わず声をあげてしまいました。隣で皿を見ていた知人が私の声に驚いて手を滑らせかけたのをよく覚えています。

Aが送ってきたメッセージは、久しぶりの連絡にしては唐突な内容でした。
久しぶり、とか、元気か、とか、そんな挨拶もなく、突然にURLが送られてきたのです。下記はその後に送られたメッセージです。

『夢小説って覚えてる?』

趣味が合う私とAは中学生の頃に、とある少年漫画に夢中になっていた時期がありました。その頃に流行っていたのが夢小説です。

夢小説はいわゆる二次創作にあたります。普通の小説と違うのは、作者が指定した登場キャラクターの名前を読者が自由に変えられるという点です。主人公にあたるキャラクターを読者が自分の名前に変えて、自分自身がその作品の世界へ入ったような気持ちになって楽しむものが大半だったと思います。

私とAも夢小説はよく読んでいました。二人で好きな作品を紹介し合うのもよくあることでした。

Aからのメッセージの文面から、URLは当時二人でよく見ていたホームページのものではないかと私は推測しました。

『▼▼あなたの名前を入力してください▼▼』

URLをタップして表示されたページには、そんな文言と入力フォームがありました。入力フォームの初期設定では作者が指定した仮の名前が入っていることが多いのですが、そのページでは#name1#と記載されていました。

夢小説を書く際には、変換したい部分にタグというものを使う場合があります。そのサイトの作者はおそらく仮の名前を設定せずに、#name1#というタグをそのまま入力フォームの初期設定としたのでしょう。

私はフォームから#name1#を削除すると、自分の名前を平仮名で入力しました。平仮名であるのに特に意味はありません。変換が面倒な時に、私はよくそうするのです。

そうして自分の名前を設定し終えると、次のページへ飛びました。思えば、何故内容もわからないのに自分の名前なんかを設定してしまったのでしょう。

そのページには、写真がありました。

お年寄りの顔でした。白黒の写真には肩から上が映っていて、その表情は優しそうに微笑んでいます。知りもしない人に対して失礼かもしれませんが、私は遺影を連想しました。

その写真の下に、その文字列はありました。

『#name1#が救いとなります』
(※本来、#name1#には私の名前が入ります)


ここまで書いて思ったのですが、Aが元凶なんて、そんなことはなかったのかもしれません。

きっとそうです。Aは何も悪くありません。

むしろ私は感謝すべきなのです。

私は私であって私ではなくて、だからもう、抑えるのも大変で、正しいのがどちらかもわからないのです。

それなのにAのおかげで、私は呼ぶことができたのですから。


とはいえそのサイトを見た時はまだAに対して不審な気持ちを抱いていたので、メッセージでどういうことか訊ねたのです。しかし、返信はありませんでした。私が友人に送ったメッセージは、今もずっと未読のままです。


しかし私は、Aに会いました。

つい先日、私はやるべきことのために実家に帰ったのですが、近所のAの家の前を通りかかった時、偶然出くわしたのです。

数年ぶりに会ったAはあまり変わっていなくて、ただ、よくわからないことを言っていました。

「タエさん、救われたって。タエさんは遠い親戚なんだけどね、色々よくしてくれたの。私が救うのはちょっとね、嫌だったから。助かったよ。誰のおかげかわからないけど」

それから私が色々と訊ねても、Aは同じような内容を話すだけでした。私は適当な相づちを打って、その日はAと別れました。


けれどAのことがどうしても気がかりで、実家に泊まった翌日にまたAの家に行ってみたのです。

インターホンを押してもAは出ませんでした。私の実家があるのは移動手段といえば自家用車といった感じの街です。Aの家の敷地には車が停まっていなかったので出かけているのかと思いました。けれど思い返してみれば、前日にAと会った時も車はなかったような気がしました。

だからもう一度インターホンを押してみたのですが、やはりAは出てくれません。私が諦めようかと思ったとき、近くを初老の女性が通りかかりました。

その女性が、おかしなことを言うのです。

「そこはしばらく前から空き家ですよ」


Aとは未だに連絡が取れません。