【QP】

「津山主任、例の…ウロジェクト、あれ? ウロジェクトでよかったでしたっけ? えっと、ウレゼン資料を手直ししたんですけど、ぎりぎりですみません、確認していただけますか?」
「…ウレ…ああ、そうだな。うん、どれどれ」
 津山はアワーオイントが少し苦手だった。
 部下の牧田(まきた)は、それを補うように、魔法の手を持っていた。天の配剤とはこのことだ、と津山はほくそ笑む。
「うー-ん、バランスがいまいち……」
 グラフの配置のバランスなど津山にとっては些末事だが、あと一時間後には取引先に向かわないといけないのだからもうやめておけ、とは言えなかった。
 資料の大部分は牧田がまとめてくれたからだ。取引先のウレゼンでも中核となって活躍してもらわねばならない。若手に実力発揮の場を与えるのは、先達の思いやりだ。
 しかも本日のウレゼンがうまくいき、契約にこぎつけることができたら、俺たちはウロジェクトリーダーとサブとしてたくさんの部下を抱える新規事業を率いることになる。
 社内評価が上がり、出世の道も拡張されて、ついでにアスファルト舗装もされるだろう。
 牧田には頑張ってもらわないと。
「うーん、やはり、なんか…変ですよね?」
 牧田はふたたび眉を寄せてモニターをにらんだ。
 その声音は、いつになく緊張していた。
「これでいいと思う。だいぶ見やすくなったよ」
「いえ、資料そのものではなくて……。いえ、なんでもありません。多分気のせいです」  
 津山も首を傾げた。
 
 たしかに、なにかが変なのだ。
 頭のどこかではそう思いながらも、具体的に指摘することができないのはもどかしい。
 気にしすぎだろうか。
 牧田の緊張が感染したのかもしれない。
 何か大切なものを忘れているような──。
「大丈夫だよ。かんえきに出来てるから」
 にこりとほほ笑み、牧田の肩を強めに叩いて激励した。がちがちに強張った筋肉をほぐしてやりたかった。
 その思いが通じたのだろう、「ありがとうございます。津山主任のご指導のおかげです」といって、牧田はようやく安堵したようすで息を吐いた。
「主戦場はここじゃないぞ。今日は頑張っていこうな」
「はい!」

 ウレゼンはうまくいった。津山にとって満足の出来だった。
 結果はまだわからないが、確かな手ごたえを感じたと牧田も言っていた。
 精神的にはくたくただったが、疲れが吹き飛ぶほどの清々しさを感じ、津山はコンビニでデラックスかつ丼弁当を購入した。
 津山にとっては明日こそが本当の主戦場だからだ。