「晴月様はポトフが得意で、よくお作りになられるんですよ」
広々としたダイニングには、細長い机が中央にどんと置かれている。その一番端の席を選び腰を下ろした琳音は、壁際に控えている琴子と会話を交わしていた。
「ぽとふって何ですか?」
「鍋にお肉やお野菜をたっぷり入れて、長い間煮込んだ料理です。何度か琳音様もお召し上がりになったかと」
「……あ! もしかしてあのじゃがいもがほくほくしていて美味しかった……?」
以前、琳音が見たことのない煮込み料理が夕飯に登場したことがある。野菜がくたくたになっていて、あっさりとしたコクのあるあの料理に琳音は舌鼓をうち、料理の名称が気になっていたのだ。
「そうです。あれは晴月様のお手製なのですよ」
「知らなかった……! お汁まで綺麗に完食してました。本当に美味しかった」
「それならよかった」
どこかに消えていた晴月がふらっと現れて、当たり前のように琳音の正面の席に腰を下ろす。いただきます、と両手を合わせた後に、丁寧な所作で箸を手に取った。
「晴月は他に得意な料理はあるの?」
「うーん。料理じゃないけど、林檎の皮剥きが得意かも。すごく早く剥ける」
「へえー! 今度見てみたい!」
「別に面白くないと思うよ」
晴月は困ったように眉を下げた。
「まあ、でも……琳音が見たいって言うなら剥いてあげる」
「やったあ。嬉しい!」
琳音はニコニコと笑いながら、茄子の揚げ物を口に運ぶ。衣がかりっとしていて、絶妙な揚げ具合。思わず頬を緩めると、近くに控えている琴子も思わず目尻を下げた。
「晴月って何でもできるんだね」
「できないこともあるよ」
「例えば?」
「俺は泳げない」
ばっさりと言い切った晴月を見て、琳音はクスクスと肩を揺らしながら笑う。
「ふふ、可愛い」
「可愛いって言うな」
晴月は不満げに口を尖らせている。珍しい反応なので、琳音はますます頬が緩んで仕方がない。
「あれ。そういえば、晴月が食べてるところ初めて見たかも。鬼も普通の食事をするの?」
当たり前のように箸を使って、琳音と同じ料理を口に運ぶ晴月は、どこからどう見ても人間のようだ。この人がまさか鬼だなんて、誰も思いもよらないだろう。
「人肉を食べるわけにはいかないからね。長い時間をかけて、そういう風に身体を慣らしたんだよ」
きっと琳音には計り知れない苦労があったのだろう。晴月の過去を想像し、琳音は複雑な感情になった。
「……ねえ、玉ねぎ嫌いなの?」
「……うん」
ふと、目に映ったのは皿の端に避けられた玉ねぎ達の姿だ。おそるおそる指摘すれば、どこか照れ臭そうな声が返ってきた。
「いつもは避けてもらうんだけど、今日は琳音と同じ献立をお願いしたから」
「ふふ、子どもみたいで可愛い」
「だから、可愛いって言うな。うるさい」
そう言う晴月の顔は、ほんの少し赤くなっている。
「何百年も生きてるんだから俺は子どもじゃない」
「ええ、急に真面目に返してこないでよ。そんなに生きてるなんて信じられないや……」
人間の寿命は殆ど百年だ。ということは、鬼である晴月は一体いくつの人間の命が絶える瞬間を見てきたのだろう。想像するときゅっと胸が痛くなった。
「今は寂しくない」
琳音がはっと顔を上げると、晴月が箸を置いてじっとこちらを見ていた。
「琳音がいてくれるから」
晴月の気持ちに勝手に寄り添っていたことは、どうやら表情から筒抜けだったらしい。自分が貰うには少しもったいなくて、大袈裟な気もする言葉だが、琳音の心を浮き上がらせるには十分だった。
「……へへ、よかった」
嬉しそうにはにかんだ琳音を見て、晴月もほっとしたように微笑む。こんな風に自分の存在を必要としてくれる人がいることが、琳音にとっては奇跡に近いことで、幸せなことだと思った。
広々としたダイニングには、細長い机が中央にどんと置かれている。その一番端の席を選び腰を下ろした琳音は、壁際に控えている琴子と会話を交わしていた。
「ぽとふって何ですか?」
「鍋にお肉やお野菜をたっぷり入れて、長い間煮込んだ料理です。何度か琳音様もお召し上がりになったかと」
「……あ! もしかしてあのじゃがいもがほくほくしていて美味しかった……?」
以前、琳音が見たことのない煮込み料理が夕飯に登場したことがある。野菜がくたくたになっていて、あっさりとしたコクのあるあの料理に琳音は舌鼓をうち、料理の名称が気になっていたのだ。
「そうです。あれは晴月様のお手製なのですよ」
「知らなかった……! お汁まで綺麗に完食してました。本当に美味しかった」
「それならよかった」
どこかに消えていた晴月がふらっと現れて、当たり前のように琳音の正面の席に腰を下ろす。いただきます、と両手を合わせた後に、丁寧な所作で箸を手に取った。
「晴月は他に得意な料理はあるの?」
「うーん。料理じゃないけど、林檎の皮剥きが得意かも。すごく早く剥ける」
「へえー! 今度見てみたい!」
「別に面白くないと思うよ」
晴月は困ったように眉を下げた。
「まあ、でも……琳音が見たいって言うなら剥いてあげる」
「やったあ。嬉しい!」
琳音はニコニコと笑いながら、茄子の揚げ物を口に運ぶ。衣がかりっとしていて、絶妙な揚げ具合。思わず頬を緩めると、近くに控えている琴子も思わず目尻を下げた。
「晴月って何でもできるんだね」
「できないこともあるよ」
「例えば?」
「俺は泳げない」
ばっさりと言い切った晴月を見て、琳音はクスクスと肩を揺らしながら笑う。
「ふふ、可愛い」
「可愛いって言うな」
晴月は不満げに口を尖らせている。珍しい反応なので、琳音はますます頬が緩んで仕方がない。
「あれ。そういえば、晴月が食べてるところ初めて見たかも。鬼も普通の食事をするの?」
当たり前のように箸を使って、琳音と同じ料理を口に運ぶ晴月は、どこからどう見ても人間のようだ。この人がまさか鬼だなんて、誰も思いもよらないだろう。
「人肉を食べるわけにはいかないからね。長い時間をかけて、そういう風に身体を慣らしたんだよ」
きっと琳音には計り知れない苦労があったのだろう。晴月の過去を想像し、琳音は複雑な感情になった。
「……ねえ、玉ねぎ嫌いなの?」
「……うん」
ふと、目に映ったのは皿の端に避けられた玉ねぎ達の姿だ。おそるおそる指摘すれば、どこか照れ臭そうな声が返ってきた。
「いつもは避けてもらうんだけど、今日は琳音と同じ献立をお願いしたから」
「ふふ、子どもみたいで可愛い」
「だから、可愛いって言うな。うるさい」
そう言う晴月の顔は、ほんの少し赤くなっている。
「何百年も生きてるんだから俺は子どもじゃない」
「ええ、急に真面目に返してこないでよ。そんなに生きてるなんて信じられないや……」
人間の寿命は殆ど百年だ。ということは、鬼である晴月は一体いくつの人間の命が絶える瞬間を見てきたのだろう。想像するときゅっと胸が痛くなった。
「今は寂しくない」
琳音がはっと顔を上げると、晴月が箸を置いてじっとこちらを見ていた。
「琳音がいてくれるから」
晴月の気持ちに勝手に寄り添っていたことは、どうやら表情から筒抜けだったらしい。自分が貰うには少しもったいなくて、大袈裟な気もする言葉だが、琳音の心を浮き上がらせるには十分だった。
「……へへ、よかった」
嬉しそうにはにかんだ琳音を見て、晴月もほっとしたように微笑む。こんな風に自分の存在を必要としてくれる人がいることが、琳音にとっては奇跡に近いことで、幸せなことだと思った。