屋敷から帝都がある方角とは真逆のところに淡い黄色の花が一面に咲き渡るのを見たと、姉と母が話すのを聞いた。今度こそと一念発起した琳音は、家族が屋敷からいなくなったのを見計らって屋敷の外へ出た。
 頭に被った白い布、土がついて汚れた足袋。俯きがちに顔を隠したまま、人気の少ないところを選んで歩くことにはもう慣れた。目的地まで三十分ほど早歩きをし、辿り着いた先には確かに見事な花畑があった。

 しかし、今日も空振り。

 咲いている花は同じなのに、いつか見たあの景色とは重ならない。もう何度目かの失望ではあるが、現実に触れるたびに打ちのめされそうになる。
(もうあの場所は、どこにもないのかしら)
 琳音は花畑の前でぽつんと立ち竦んだまま、色の失った瞳で空を見上げている。やがてゆっくりと、瞼を伏せた。
『僕と生きてほしいんだ、凛子』
 目を閉じれば蘇るのは、愛しい人の輪郭と優しいテノール。名前を呼ばれると擽ったくて、確かに幸せの意味を噛み締めていた。
『本当に君は、困った人だね』
『こんな私は嫌い?』
『まさか。僕が君を嫌いになるわけないだろ』
 そう言った彼は屈託のない笑顔で笑っていたはずなのに、今ではもう顔を思い出すことさえできない。
『……お願いだから、目を開けてくれ……っ!』
 最期に聞いたのは絞り出すような悲痛な声。頬に落ちるは涙の粒。彼の笑顔を奪ってしまったと、琳音はあの日のことを悔やんでいた。
(きっと生まれ変わったら、今度はあなたを笑顔にしてみせるから)
 今宵も彼女は、彼の行方を探している。