とある人間と紳士な猫は出逢い、日々を過ごす。
ナニカはそれを退屈そうに見ていた。
そんな日々はあっけなく終わりを迎える。

「君が言っていたのはこのことだったんだね。」
猫は死期を悟ると何処かに身を隠す、と言われているが、この猫は主人の側でいつも通りゴロゴロと喉を鳴らしていた。
「もう願いを取り替えるなんて出来ないよ。」
ナニカは返す。猫は微笑む。
「あぁ。いいんだよ。」
ナニカに返事した後に、猫は自分の主人を愛おしそうに見る。
「あぁ、私の主人。安心してくれ。私はずっと一緒にいるよ。君の旅路のお供をさせてほしい。」
猫は優しく人間の言葉を話す。主人は少しうつろになりながらも猫を片手で撫でている。

「聞いてもらってもいいかい?」
猫はうとうとしながらナニカに話す。
「彼女に初めて話すとき、とてもどきどきしたよ。彼女が好きな人に話しかけられないのをもどかしく思ってたけど、自分が人間の言葉を話せるようになってから、彼女の気持ちがよく分かった。言葉を話せると話しかけることは全然別物らしい。彼女がね、私と話してるときに表情がコロコロ変わるんだ。好きな人を思って笑う彼女が可愛くてね。話す場所が静かな公園で良かった。彼女の声がよく聞こえるんだ。」
思い出しているのか片耳を動かしている。
「本当に…幸せな時間だった。」
「ふぅん…。そ。じゃあ、こっちからもひとついい?」
「なんだい?」
「あれ、ちょうだい。願いの代償として。」
ナニカが指差したのは部屋に飾ってあるガラス玉だった。猫の穏やかな顔が固まる。
「あれ、かい?」
それは青と黄色が入った鮮やかなガラス玉。猫と主人が大切にしているものだ。「君の瞳に似てるね。」と笑った主人の顔が忘れられない。音を楽しむことが出来ない主人が目で楽しむ姿、それは1人と1匹にとっての小さな幸せ。
「代償は払ってくれるよね?」
「あれじゃないと駄目かい?」
「そうだね。」
ナニカは本当は主人か猫の寿命でももらってやろうと思っていた。だが、もうほとんどないそれをもらっても仕方ない。そう思っていたときにキラキラ光るコレを見つけたのだ。想いのつまったモノ、それはナニカが生命を維持するのに最適なものだった。
「とても、大切なモノなんだ。」
「だろうね。」
だから、ナニカはこんなにも惹かれている。ギラギラ光る目はもうその青と黄色だけを見ている。

「私はね…」
「主人?」
猫は主人を見た。
「私は…お前がいればなんだっていいんだよ。」
それは誰の声ももう聞こえていない猫の主人の独り言。誰に言ったわけでもない。猫は目を見開き、そして細めた。
「そうだね…うん、私はここにいるよ。」
ゴロ…と少し喉を鳴らしてから猫はナニカを振り返った。
「君、あのガラス玉をもらっておくれ。私の願いは叶ったから。」
「ふーん?いいの?」
「あぁ。」
猫は晴れやかな顔で答えた。そしてゆっくり目を瞑る。
「主人、寒くはないかい?ねぇ、私はとても幸せだったよ。……願わくば彼女にも、幸せな季節が巡りますように。」
猫の主人はゆっくり撫でる手が止まる。そして、猫ももう鮮やかな青と黄色を見せることはなかった。