「ねぇ。」
ナニカは声をかける。ベッドに寝ている人間が反応する。猫はまだ帰っていない。
「おかしいな。はっきり声が聞こえる。耳は悪いはずなんだけど。姿が見えないということは天使か悪魔なのかな?それとも死神?お迎えかい?」
「そんな名前はないよ。」
ナニカはまともに返したが、人間は冗談を言ったつもりだったらしい。穏やかに笑ったままだ。
「君の願いを聞いてあげるよ。」
「私の願い事?」
人間がきょとんとする。う〜ん…と考えた後、一言。
「あの子の願いを聞いてほしい。」
「あの子って…あの毛玉?」
人間が笑う。
「毛玉…?ふふっ。毛玉ね、そうそう。あの子の願いを叶えてあげてほしい。お互い短命の身でね。それでも私は満たされていたから。あの子の願いを聞いてあげてほしいんだ。」
ナニカは少し考えてから。
「へ〜んなの。」
と言い、その人間の前から消えた。『あの子の願いを聞く』という願いの代償に『ナニカと話した記憶』を持って。


「ねぇ、君。」
猫が家に帰り、主人の側でうたた寝をしてるときに声をかけてみた。
『!』
猫がこちらを見る。片耳がピルピルと音を拾うように動いた。そして、ふわふわ浮いているナニカを見て、目を見開く。
『なんだい?』
ゆっくり返事が返ってくる。
「君、願い事はある?」
猫はまた目を見開く。
『願い?』
猫の主人が、不思議そうに猫を見た。
「どうした?どこ見てるの?あれ、鳴いてる?珍しいね。」
猫をひと撫でする。すると猫は愛おしそうに主人の手に頭を擦り付けた。主人は満足そうに眠りにつく。ナニカはちらりと主人を見る。
「なんだっていいよ。」
『願い…。』
猫がつぶやく。ナニカの瞳はギラギラ光っていた。代償のことは説明しない。
「あぁ、ひとつだけ変えてやる。」
猫は黙ってしまった。ナニカは続ける。
「そこの主人のことでもいいよ。君自身のほうがいいのかな?それとも、君が毎日見てる人間を猫に変えてあげようか?君が人間に変わるってのもいいな。」
猫はきょとんとした。
『私の主人のこと?』
猫は自分の寿命も、主人がこの世を去るのもまだ分かっていないらしい。猫は少し考える。
『そうだな…。私は今とても幸せなんだけど。もし、もしひとつ叶うとしたら…』
「は、」
ナニカは想定外の返答にぽかんとした。

その日から恋する猫は人の言葉を話せるようになったのだ。