図書館は入学後のレクリエーションで一度来たきりだった。
トツカに本を読む習慣は無いが、素人なりに、ここの蔵書は多い方じゃないかと感じている。
「学生証を拝見いたします」
ゲートをくぐるなり、受付のガイノイドが学生証を確かめにやって来た。
眼鏡を掛けたオールドファッションな少女型――法人向けの古い機種らしく、スティーリアと比べると、球状になった関節がずいぶん目立つ。アクチュエータも安いものを使っているのか、学生証のICチップをスキャンする手つきが些かぎこちない。
「失礼しました、トツカ様。お通りください」
「オレより先に家政婦型が来たと思うが、知らないか?」
エントランスにスティーリアはいなかった。学生証無しでもどうにか入れたらしい。
「スティーリア様ですね。談話室でお待ちです」
「ロボにも様を付けるのかよ」
「はい」
ガイノイドは首を傾げた。ぱちぱちとまぶたが開閉する。
「先輩には敬意を持てと、申しつけられたもので。申し訳ありません」
談話室はカーペットに沿って書庫を歩いた先にあった。
会議室ほどの室内には読書台の付いたデスクが並んでおり、壁際にはソファと応接机が置いてある。大きなヒーターがあるから、冬になったらこの小部屋も賑わうのだろう。
今はソファにスティーリアが座っているだけだった。ちょっとデスクに手を置くと、読書台に積もった埃が指に触れた。舞ったカビと埃できらきらと光る空気に咳き込みながら、トツカはソファに歩いていく。
「悪い。待たせた」
ソファの前にある応接机には、本が三冊ほど載っていた。武鑑と人名年鑑のようだ。
スティーリアは本から目を上げた。
「ううん、私も今来たところ――って言うんだっけ?」
「流石に無理があるだろ」
スティーリアは既にメモを取っていた。受付のガイノイドに頼んで生徒名簿を写したらしく、名前の横にそれぞれの家の官位や、どこの分家かが記してある。
「全員じゃなかった」
スティーリアはもう一枚の、百人ほどの名前を写したメモを振る。
「それでも千人以上いるうちのほとんどが軍の関係者なのか」
「軍学校なら普通だと思うけどね」
「本当かよ?」
戦後の不景気で、安定した職を求めて軍学校を希望する学生は多かったはずだ。
ニュースでも、他の学校に受かった農家の次男坊や下町の女の子がよく出ていた。名簿をなぞって、トツカは眉をひそめる。このムラクモ学校だけ、明らかに貴族くずれや軍人の割合が高い。
「増えたのはいつからだ?」
「まだ四年しか追えてないけど、二年前からだね。そこからはほぼ百パーセント」
「なんだそれ……」
「さあ考えて。私も気付いただけで、その意味までは分かんないから」
スティーリアが本を置く。ずいぶんと可愛らしい児童書だった。背表紙だけ日に焼けている。たぶんわざわざ探さないと出てこないようなマイナーな本なのだろう。
表紙では彼女によく似た銀髪の女性が、雪の降りしきる家の前で微笑んでいた。
「キョウカが好きだった本なの。懐かしくなっちゃって」
スティーリアは表紙の女性をなぞって、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「ああ……似合わないと思った」
「いい本だよ?翻訳がちょっぴりヘタクソだけど」
「オレ、活字アレルギーなんだよ。そのくせに身内が難しい本ばっかり読ませやがるもんだから……」
「『直観』しなさいって?」
トツカは穴が空くくらいスティーリアを見つめた。
彼女は頭を掻いて、ぼそぼそと言った。
「トツカ・ウツリさんのことは知ってる。たぶん、あなたと同じくらいに」
スティーリアは急に立ち上がり、談話室の外に出て行った。しばらくして分厚い本を抱えて戻ってくる。手作り感にあふれる表紙には、七年前の卒業アルバムとあった。
「ほら」
彼女が数枚めくると、剣道部のページが現れた。
誰かのいたずらで写真は切り抜かれていたが、名簿のところには『砥握映理』と『詞子戓隙』の名前が並んで記されていた。
「あの……ウツリ義姉さんとシズの兄ちゃん、そういう関係だったのか?」
「まあ、えっと」
スティーリアはごほん、と空咳をうった。
「知らないってことにしておく。その方が良いでしょ?」
「オレ、おまえのマスターだよな?」
「臨時ね」
スティーリアの目がぱちりとまばたきをして、トツカの姿をはっきりと映した。
「正直、あなたには期待半分と不安半分ってところ」
「どういう意味だ?」
「私はバグってるって言ってるの。気にしないで」
スティーリアは本を返しに戻って行った。
バグってる――トツカは自分の手を見た。一緒に寝起きしてて毒を盛られたことも無ければ、手足もくっついてる。今のところは。
彼女の何が壊れているのか、たまに考える。そのバグはヒトを殺すほどなのだろうか。
トツカはかぶりを振って、名簿を開き直した。
一年生で軍と無関係なのは四人だけ。輸送科や整備科といった大して戦闘のスキルが必要ない学科ばかりで、意識しなければ不自然には見えない。
共通点も無いようだ。役人の家、会社員、農家。努力して入学試験を突破したマジメな人間ばかり。
「スティーリアのやつ、考えすぎじゃねえのか……」
まだ分からない。あれが本当に壊れているのかも、やはり分からない。
「おっ、奇遇じゃないかい!」
どばーんといきなり談話室のドアが開いた。
からからと景気のいい笑い声が響き、でっかいカメラを担いだナゴシが入ってきた。芝居がかった歩き方でトツカの隣に腰を下ろして、肩をばんばんと叩いてくる。
「なっ……」
「窓からガイノイドが見えたんでね、『まさか』と思ったら、果たして『よもや』だよ。今日は図書館デートかな?きみもなかなか隅に置けないもん――」
「あんた、まさか記事にしてねえだろうな!」
ナゴシは背中に手を回した。尻ポケットに差した学生新聞を渡してくる。
一面記事は『墜落事故の真相!?棄械に立ち向かった英雄の系譜』というものだった。すべて読まなくても、このあいだの事件のことだと分かる。
「よく書けてるだろ?」
「世の中には静かに暮らしたい人間も相当数いるって理解してくれませんかね?」
「知らんね。マスコミには『真実』を語る口だけあればいいのさ」
ナゴシは皮肉満面に笑った。
「というわけで耳と目は大して要らんと思っている」
「くそブン屋がよ……」
ンで、とナゴシは真顔に戻って、トツカから新聞をひったくった。
「まあこれ、没になっちゃったのだよね」
「あ、そっすか」
「事故が無かったことにされたからね。さしもの第四の権力も、本物の権力サマには勝てないわけだ」
「剣より強いんじゃねえでしたっけ、ペンって」
「まあ、イマドキたかが剣より強いことが何だってんだって話だわな」
「時代は銃ってやつですか」
ナゴシのくせになんだか義姉みたいなことを言うものだから、思わず苦笑が漏れた。
「おたくは?今さら文学少年に目覚めたり?」
「シズの兄ちゃんについて調べてたんです。どうも気になるもんで」
「シズ・カゲキか」
ナゴシはちらりと積み上がった年鑑に目をやった。
「そっちには無かっただろ、名前」
「そうなんですか?」
「文官と言っても詞子は一代限りの蔵人職だった。元は血筋も何もない地方の地主上がりでね。年鑑から見つけるのもひと苦労なんだよ」
「親父さんが叩き上げだったってことですか」
「まあ、そうとも言えるけど……」
ナゴシは言葉を切って、少し考え込んだ。
そのときスティーリアが戻ってきて、ナゴシの隣に腰かけた。ナゴシも彼女の頭に手を置く。優しく撫ぜられて、スティーリアは気持ちよさそうに目を閉じた。
「トツカくんは、血筋を信じるかな」
「いえ」
「DNAの話じゃない。財力とか、教育の話を言ってるんだ」
ナゴシはスティーリアの髪を整えて言った。
「残酷な話だが、トンビがタカを生む例は滅多に起こらない。私の家は偶然のたまものの戦争成金だった。おかげで二代目の私は文字も読めるし、社交上の教養も身に着けることができた」
「それが何か……」
「シズ・カゲキは不自然なほどに強すぎたんだよ」
スティーリアは変わらず微笑んでいる。
「辻褄が、彼だけ合わない。まるで宇宙人だ。独りだけ戦果がおかしい」
トツカも感じていたことだった。
学習の必要性は、道場で身に染みて理解してきた。勝負の場では才能にあぐらをかく半端な一流よりも、毎日コツコツと継続してきた二流の方が圧倒的に強い。
シズが取り組んでいる過去の戦場。英雄は単騎で敵を圧倒していた。
ただの男が努力だけで出来る芸当ではない。物理法則から狂っているとしか思えない。
そっと、目の前に一枚の紙が差し出された。
「行ってくれないか?」
外泊届だった。二日分の日程が記してある。目を上げると、ナゴシは真剣な顔だった。
「シズ家を調査して、秘密を見つけてほしい。私では目立ちすぎる」
カメラは置かれていた。こっちが本命の用事だったようだ。
「……今日、半舷もらったばかりです。担任か生徒会の推薦が要る」
「ああ、そうだったね」
ナゴシが手を出すと、スティーリアがペンを渡した。
きゅぽんとキャップが外れてさらさらと紙に書き込まれていく。南越成萌と流暢なサインが記されて、今度はトツカの手にペンが回ってきた。
「……ん?」
「だから、生徒会長のサインだよ。今できた」
ナゴシは自分を指して言った。「私。生徒会長のナゴシ・ナルメ。知らなかった?」
トツカは手元の紙とナゴシの顔を見比べる。
なかなかイメージが繋がらないのを、強いて理解する。
生徒会長。この成金娘が。なるほど。
「納得行かねぇ………………」
「こうして生徒会長が頼み込んでるんだから、当然キミの方も応えてくれるね?」
ナゴシはちょっぴり尊大な口調を作る。この瞬間が楽しみなんだ、という感じだった。
生徒会長が『第四の権力』兼任とは。癒着よりひどい。
「……了解っす」
トツカはうなだれて、ナゴシの名前の下にサインを記した。
トツカに本を読む習慣は無いが、素人なりに、ここの蔵書は多い方じゃないかと感じている。
「学生証を拝見いたします」
ゲートをくぐるなり、受付のガイノイドが学生証を確かめにやって来た。
眼鏡を掛けたオールドファッションな少女型――法人向けの古い機種らしく、スティーリアと比べると、球状になった関節がずいぶん目立つ。アクチュエータも安いものを使っているのか、学生証のICチップをスキャンする手つきが些かぎこちない。
「失礼しました、トツカ様。お通りください」
「オレより先に家政婦型が来たと思うが、知らないか?」
エントランスにスティーリアはいなかった。学生証無しでもどうにか入れたらしい。
「スティーリア様ですね。談話室でお待ちです」
「ロボにも様を付けるのかよ」
「はい」
ガイノイドは首を傾げた。ぱちぱちとまぶたが開閉する。
「先輩には敬意を持てと、申しつけられたもので。申し訳ありません」
談話室はカーペットに沿って書庫を歩いた先にあった。
会議室ほどの室内には読書台の付いたデスクが並んでおり、壁際にはソファと応接机が置いてある。大きなヒーターがあるから、冬になったらこの小部屋も賑わうのだろう。
今はソファにスティーリアが座っているだけだった。ちょっとデスクに手を置くと、読書台に積もった埃が指に触れた。舞ったカビと埃できらきらと光る空気に咳き込みながら、トツカはソファに歩いていく。
「悪い。待たせた」
ソファの前にある応接机には、本が三冊ほど載っていた。武鑑と人名年鑑のようだ。
スティーリアは本から目を上げた。
「ううん、私も今来たところ――って言うんだっけ?」
「流石に無理があるだろ」
スティーリアは既にメモを取っていた。受付のガイノイドに頼んで生徒名簿を写したらしく、名前の横にそれぞれの家の官位や、どこの分家かが記してある。
「全員じゃなかった」
スティーリアはもう一枚の、百人ほどの名前を写したメモを振る。
「それでも千人以上いるうちのほとんどが軍の関係者なのか」
「軍学校なら普通だと思うけどね」
「本当かよ?」
戦後の不景気で、安定した職を求めて軍学校を希望する学生は多かったはずだ。
ニュースでも、他の学校に受かった農家の次男坊や下町の女の子がよく出ていた。名簿をなぞって、トツカは眉をひそめる。このムラクモ学校だけ、明らかに貴族くずれや軍人の割合が高い。
「増えたのはいつからだ?」
「まだ四年しか追えてないけど、二年前からだね。そこからはほぼ百パーセント」
「なんだそれ……」
「さあ考えて。私も気付いただけで、その意味までは分かんないから」
スティーリアが本を置く。ずいぶんと可愛らしい児童書だった。背表紙だけ日に焼けている。たぶんわざわざ探さないと出てこないようなマイナーな本なのだろう。
表紙では彼女によく似た銀髪の女性が、雪の降りしきる家の前で微笑んでいた。
「キョウカが好きだった本なの。懐かしくなっちゃって」
スティーリアは表紙の女性をなぞって、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「ああ……似合わないと思った」
「いい本だよ?翻訳がちょっぴりヘタクソだけど」
「オレ、活字アレルギーなんだよ。そのくせに身内が難しい本ばっかり読ませやがるもんだから……」
「『直観』しなさいって?」
トツカは穴が空くくらいスティーリアを見つめた。
彼女は頭を掻いて、ぼそぼそと言った。
「トツカ・ウツリさんのことは知ってる。たぶん、あなたと同じくらいに」
スティーリアは急に立ち上がり、談話室の外に出て行った。しばらくして分厚い本を抱えて戻ってくる。手作り感にあふれる表紙には、七年前の卒業アルバムとあった。
「ほら」
彼女が数枚めくると、剣道部のページが現れた。
誰かのいたずらで写真は切り抜かれていたが、名簿のところには『砥握映理』と『詞子戓隙』の名前が並んで記されていた。
「あの……ウツリ義姉さんとシズの兄ちゃん、そういう関係だったのか?」
「まあ、えっと」
スティーリアはごほん、と空咳をうった。
「知らないってことにしておく。その方が良いでしょ?」
「オレ、おまえのマスターだよな?」
「臨時ね」
スティーリアの目がぱちりとまばたきをして、トツカの姿をはっきりと映した。
「正直、あなたには期待半分と不安半分ってところ」
「どういう意味だ?」
「私はバグってるって言ってるの。気にしないで」
スティーリアは本を返しに戻って行った。
バグってる――トツカは自分の手を見た。一緒に寝起きしてて毒を盛られたことも無ければ、手足もくっついてる。今のところは。
彼女の何が壊れているのか、たまに考える。そのバグはヒトを殺すほどなのだろうか。
トツカはかぶりを振って、名簿を開き直した。
一年生で軍と無関係なのは四人だけ。輸送科や整備科といった大して戦闘のスキルが必要ない学科ばかりで、意識しなければ不自然には見えない。
共通点も無いようだ。役人の家、会社員、農家。努力して入学試験を突破したマジメな人間ばかり。
「スティーリアのやつ、考えすぎじゃねえのか……」
まだ分からない。あれが本当に壊れているのかも、やはり分からない。
「おっ、奇遇じゃないかい!」
どばーんといきなり談話室のドアが開いた。
からからと景気のいい笑い声が響き、でっかいカメラを担いだナゴシが入ってきた。芝居がかった歩き方でトツカの隣に腰を下ろして、肩をばんばんと叩いてくる。
「なっ……」
「窓からガイノイドが見えたんでね、『まさか』と思ったら、果たして『よもや』だよ。今日は図書館デートかな?きみもなかなか隅に置けないもん――」
「あんた、まさか記事にしてねえだろうな!」
ナゴシは背中に手を回した。尻ポケットに差した学生新聞を渡してくる。
一面記事は『墜落事故の真相!?棄械に立ち向かった英雄の系譜』というものだった。すべて読まなくても、このあいだの事件のことだと分かる。
「よく書けてるだろ?」
「世の中には静かに暮らしたい人間も相当数いるって理解してくれませんかね?」
「知らんね。マスコミには『真実』を語る口だけあればいいのさ」
ナゴシは皮肉満面に笑った。
「というわけで耳と目は大して要らんと思っている」
「くそブン屋がよ……」
ンで、とナゴシは真顔に戻って、トツカから新聞をひったくった。
「まあこれ、没になっちゃったのだよね」
「あ、そっすか」
「事故が無かったことにされたからね。さしもの第四の権力も、本物の権力サマには勝てないわけだ」
「剣より強いんじゃねえでしたっけ、ペンって」
「まあ、イマドキたかが剣より強いことが何だってんだって話だわな」
「時代は銃ってやつですか」
ナゴシのくせになんだか義姉みたいなことを言うものだから、思わず苦笑が漏れた。
「おたくは?今さら文学少年に目覚めたり?」
「シズの兄ちゃんについて調べてたんです。どうも気になるもんで」
「シズ・カゲキか」
ナゴシはちらりと積み上がった年鑑に目をやった。
「そっちには無かっただろ、名前」
「そうなんですか?」
「文官と言っても詞子は一代限りの蔵人職だった。元は血筋も何もない地方の地主上がりでね。年鑑から見つけるのもひと苦労なんだよ」
「親父さんが叩き上げだったってことですか」
「まあ、そうとも言えるけど……」
ナゴシは言葉を切って、少し考え込んだ。
そのときスティーリアが戻ってきて、ナゴシの隣に腰かけた。ナゴシも彼女の頭に手を置く。優しく撫ぜられて、スティーリアは気持ちよさそうに目を閉じた。
「トツカくんは、血筋を信じるかな」
「いえ」
「DNAの話じゃない。財力とか、教育の話を言ってるんだ」
ナゴシはスティーリアの髪を整えて言った。
「残酷な話だが、トンビがタカを生む例は滅多に起こらない。私の家は偶然のたまものの戦争成金だった。おかげで二代目の私は文字も読めるし、社交上の教養も身に着けることができた」
「それが何か……」
「シズ・カゲキは不自然なほどに強すぎたんだよ」
スティーリアは変わらず微笑んでいる。
「辻褄が、彼だけ合わない。まるで宇宙人だ。独りだけ戦果がおかしい」
トツカも感じていたことだった。
学習の必要性は、道場で身に染みて理解してきた。勝負の場では才能にあぐらをかく半端な一流よりも、毎日コツコツと継続してきた二流の方が圧倒的に強い。
シズが取り組んでいる過去の戦場。英雄は単騎で敵を圧倒していた。
ただの男が努力だけで出来る芸当ではない。物理法則から狂っているとしか思えない。
そっと、目の前に一枚の紙が差し出された。
「行ってくれないか?」
外泊届だった。二日分の日程が記してある。目を上げると、ナゴシは真剣な顔だった。
「シズ家を調査して、秘密を見つけてほしい。私では目立ちすぎる」
カメラは置かれていた。こっちが本命の用事だったようだ。
「……今日、半舷もらったばかりです。担任か生徒会の推薦が要る」
「ああ、そうだったね」
ナゴシが手を出すと、スティーリアがペンを渡した。
きゅぽんとキャップが外れてさらさらと紙に書き込まれていく。南越成萌と流暢なサインが記されて、今度はトツカの手にペンが回ってきた。
「……ん?」
「だから、生徒会長のサインだよ。今できた」
ナゴシは自分を指して言った。「私。生徒会長のナゴシ・ナルメ。知らなかった?」
トツカは手元の紙とナゴシの顔を見比べる。
なかなかイメージが繋がらないのを、強いて理解する。
生徒会長。この成金娘が。なるほど。
「納得行かねぇ………………」
「こうして生徒会長が頼み込んでるんだから、当然キミの方も応えてくれるね?」
ナゴシはちょっぴり尊大な口調を作る。この瞬間が楽しみなんだ、という感じだった。
生徒会長が『第四の権力』兼任とは。癒着よりひどい。
「……了解っす」
トツカはうなだれて、ナゴシの名前の下にサインを記した。