奥さんの無念にも心を寄せた。
 夫が病魔に襲われるまでは幸せな毎日を送っていたはずだ。
「いってらっしゃい」「お帰りなさい」と笑顔であいさつを交わし、抱擁し、キスを交わしていたのかもしれない。
 夫の大好物のサーモンの刺身を食卓に出していたかもしれない。
 いつか家族で行きたいと願っていた万里の長城への旅行を夢見ていたかもしれない。
 しかし、その最愛の夫は目の前から突然姿を消してしまった。
 もうこの世にいないのだ。
 あとに残ったのはまだ5歳の幼い子供と、父親の顔を見ることができないお腹の赤ちゃんだけなのだ。
 
 自分だったら耐えられない……、
 
 考子の顔が苦悩で歪んだ。
 同じように医師を夫に持ち、同じように身籠っているのだ。
 心痛が手に取るようにわかって心が破壊されそうになった。
 もうこれ以上そのニュースを見ることはできなかった。
 画面を消してテーブルにスマホを置き、新の顔を思い浮かべた。
 
「死なないでね」

 彼が勤務する病院の方角へ向けて祈りを捧げた。