「ちょっとやばいかもしれないな」

 新の顔が歪んだ。

「やばいって……」

 不安な声を出した考子が新の言葉を待った。

「実は昨年の12月にね、」

 新が口にした内容は衝撃的だった。
 それは、武漢市の医師から発せられた警告に関することだった。
 警告を発した医師は眼科医で、SARSに似た7人の症例に気づいた彼は、すぐにSNSで同僚の医師に情報と警告を発信した。
 大流行が起きている可能性が高いから、感染を防ぐための防護服着用が必要だと訴えたのだ。
 しかし、それを目にした警察は彼の言うことを虚偽だと決めつけ、このような違法行為を続ければ裁かれることになると脅した。
 そのため、貴重な情報が医療関係者に共有される機会が奪われてしまった。
 
「未知のウイルスが中国で広がっている可能性が高いと思う。日本でも時間の問題かもしれない」

「そうなの?」

 考子は思わずお腹に手をやった。
 妊娠している自分が感染したらと思うと、不安が津波のように押し寄せてきた。

「妊婦が感染したらどうなるの?」

「わからない」

 新は力なく首を横に振った。

「まだこのウイルスのことがよくわかっていないから、妊婦に関する影響についてもなんの情報もないんだ。だから、(かか)らないように十分注意しなければいけないということしか言えない」

 そこで顔を曇らせたが、すぐに思い直したように、同じウイルス疾患であるインフルエンザと妊婦について語り始めた。

「インフルエンザの場合は妊娠しているからといって感染しやすいということはないんだけど、一度罹ると、心肺機能や免疫機能に変化を起こして重症化しやすいことがわかっているんだ。でも君は予防接種を済ませているし、外出する時はマスクをしているから、油断さえしなければそんなに心配することはないと思うよ」

 考子はその説明を聞いてちょっとほっとしたが、今聞いたのはインフルエンザであって未知のウイルスのことではないことに一抹の不安を覚えた。

「インフルエンザのことはわかったけど、今度のウイルスに対してはどうすればいいの?」

 新はまた頭を振った。

「さっきも言ったけど、まだ情報がほとんどないんだ。だから、なんとも言えない。それに、ワクチンも治療薬もまだないから、徹底的に予防をするしかないと思うよ。外出する時はマスクをする。混雑した場所へは近寄らない。咳やくしゃみをしている人には近づかない。家に帰った時は手洗いとうがいを励行(れいこう)する。睡眠と休息を十分にとって健康状態を維持する。そんなところかな」

「わかったわ。今日からそれを徹底するわ。でも未知のウイルスのことで何かわかったら、すぐに教えてね」

「わかってる。真っ先に教えるよ」