「胎児が羊水の中に浮かんでいるのは最古の生命が海の中で生まれたのと関連しているんだよね」

 もう少し痕跡器官学や比較解剖学について話したかった考子だったが、新の話題転換を嫌がってはいなかった。というより、この話題は好物の一つだった。
 その好物とは地球科学。
 地球そのものの成り立ちや地球で起こる自然現象などを研究する学問で、それは進化生物学の基礎となる領域であり、考子が強い関心を寄せている学問だった。
 
「そうなの。最初の生命は38億年前に誕生したと考えられていて、それは熱水の吹きだす深海底で生まれたの。専門的には熱水噴出孔と呼ばれる場所なんだけど、一般的な生物が生きていける環境ではないところで生命が誕生したのよ」

「そんなところで生命が誕生するなんて、本当に不思議だよね。でも、なぜ熱水噴出孔で生命が生まれたのかな」

「地球科学者のような専門的な説明はできないけど、メタンなどの豊富な有機合成原料があって、熱やエネルギーを長期間に渡って供給できる状態であれば有機物の合成が可能になるらしいの。その過程では炭酸ガスや水素が重要な役割を果たしているらしくて、それが熱水噴出孔には豊富に存在しているのよ」

「ふ~ん、そうなんだ。ところで、その熱水噴出孔から吹き出る熱水って何度なの?」

「400度よ」

「400度?」

 新の声がひっくり返った。

「信じられないわよね。でもね、実際世界中の熱水噴出孔で生命が確認されているのよ」

 それを聞いて「ふ~ん」と言ったきり黙り込んだ新だったが、思い直したように「そこでどんな生命が誕生したの?」と興味深そうな目で考子を見つめた。