偵察魂 

 国内の新規感染者が初めて1,000人を超えた。
 7月29日のことだ。
 感染者の累計は3万4,000人を超え、感染拡大に歯止めがかからない状態が続いている。
 
 そんな中、日本で唯一感染者ゼロが続いていた岩手県にも2名の感染者が確認された。
 新と考子は毎日一生懸命岩手にエールを送っていたが、テレビで初感染のニュースを見て、がっくりと肩を落とした。
 
「残念だね」

「そうね、ゼロが続いて欲しかったのにね」

「うん、でも、これ以上感染が増えないように食い止めてもらいたいね」

 考子が大きく頷いた時、画面が変わって、全国の感染状況を表す地図が現れた。
 東京が250人、大阪が221人、愛知が167人、福岡が101人と表示されていた。
 大都市圏での拡大が続いていた。
 
「これ以上感染が続くと医療現場が持たなくなる」

 新は勤務する病院だけでなく、全国の病院のことを心配していた。
 そして、世界の同志のことも心配していた。
 世界の1日の感染者数は30万人近くに達しており、日本だけでなく、北米、南米、欧州、インドにも第二波が押し寄せていた。
 日本よりも医療体制が脆弱(ぜいじゃく)なところも多かった。
 そんな環境で働く医療関係者のことを心配していたのだ。
 これらの国の中には新型コロナ対策に積極的ではない為政者たちがいた。
 自らがマスクもしないばかりか、ただの風邪だと(うそぶ)く大統領までいるのだ。
 経済活動を制限する知事たちを(ののし)り、(さげす)み、制限を即刻取り払えと声高に叫んでいるのだ。
 マスクをしていない支援者たちが大声を上げているのを容認しているのだ。
 そのツケはすべて国民が払うことになる。
 死という犠牲を払うのだ。
 死ななくてもいい人まで死んでいくのだ。
 
「専門家の忠告を無視して、独りよがりな政策を推し進める政治家を見ていると反吐(へど)が出そうだよ」

 新は画面に映る能天気な大統領の顔を睨みつけた。

「誰を国のトップに選ぶかによって国民の運命が決まってくるということね」

「その通りだよ。よく考えないで投票すると、自分が痛い目に合うことを自覚しないといけないよね」

「国民一人一人が責任をもって政治家を選ぶことの重要性を再認識しないといけないわね」
「そうだよ。投票を棄権するのはもっての外だけど、選挙公約や候補者の考え方をよく見極めないで安易に投票したら大変なことになるんだからね」

「私たちも気をつけましょうね」

「うん。日本では首相を直接選ぶことはできないけど、一つ一つの選挙に真剣に向き合えば必ず良い方向に行くはずだから、今まで以上に選挙に対して真剣に取り組もうよ」