わたし 

 パパが怒ってる……、

 わたしのちっちゃなハートがキュッとなった。
 普段とても優しいパパがこんなに怒ることは珍しいから、余計に怖かったの。
 でも、パパの怒りはもっともだと思うわ。
 だって、今のうちに医療体制を立て直さないと大変なことになるのはわかりきっているんだもの。
 
 偵察魂からの情報によると、世界の感染者数は1,000万人を突破して、死者は50万人を超えたっていうじゃない。東京でも再び感染が拡大しているし、入院患者数も増加に転じているわ。
 第2波が襲いかかって来ているのは間違いないのよ。
 このまま手をこまねいていたら大変なことになることを一番知っているのはパパのような医療従事者なのに、その人たちの意見が十分に届いていないのはどうしてなのかしら? 
 医療体制が逼迫(ひっぱく)してからでは遅いのに、県をまたぐ移動自粛や休業要請が解除されて経済活動再開に向けた動きが加速しているってどういうことなの? 
 
 それだけじゃないわ。
 Go To Travelキャンペーンを始めようとしているのよ。
 東京都在住者は除外されているみたいだけど、それでも多くの人が各地を旅行することは間違いないわ。
 そうなったらどうなると思う? 
 旅行先ではどうしても羽目を外してしまうし、中にはマスクを外して大声で話す人も出てくると思うの。
 そうなると、感染がまた拡大する可能性は大きいわよね。
 もちろん、正常な経済活動への復帰はとても大事なことよ。
 大変な思いをしている飲食店や旅行関係の人たちを無視することはできないわ。
 でもね、経済活動再開を焦る余り拙速(せっそく)に行動しては元も子もなくなるのよ。
 慎重な対応が何よりも必要なのよ。
 もしそれを怠ったりしたら、しわ寄せはすべて医療関係者に行くことになるの。
 そんなことになったら今でも疲弊している医療関係者が益々疲弊してしまうわ。
 その結果、どうなると思う? 
 医療関係者の士気は更に落ちて、患者を診るどころではなくなっていくかもしれないし、それが続けば確実に医療体制が逼迫してくるわ。
 そして、医療体制崩壊という最悪の結末を迎えることになるのよ。
 そんなことになってはいけないでしょ。
 絶対にしてはいけないのよ。
 そのためにも、パパの想いをなんとしても伝えなくてはならないの。
 だから、わたしもちっちゃな両手を合わせて必死になって訴えるわ。
 
「政治家さん、中央官庁の役人さん、パパの訴えを聞いてください。医療関係者に手を差し伸べてください。彼らが誇りをもって治療に当たれるように、物心両面で最大限の支援をしてください。お願いします」