「私はイタリアに行きたい。特にフィレンツェ」

 大学院で考古学を専攻することを決めていた考子は、ヒトが進化することによって生まれてきた創造物、つまり、芸術にも高い関心を寄せていた。
 特に、数多くの名作が生み出されたルネサンス時代の美術品に魅せられていた。
 だから、フィレンツェという都市名が彼女の口から発せられたのは自然なことだった。
 
「私はマラガにする」

「マラガ?」

 真理愛の言う都市名がどの国のものか考子にはわからなかった。

「スペインよ。アンダルシア地方。地中海沿いのリゾート地でもあるの」

 アンダルシアと聞いて大体の位置が想像できたが、「グラナダやセビーリャは有名だけど、マラガって聞いたことないわ」と首を傾げると、真理愛が理由を説明した。

「ピカソが生まれた所を見てみたいの」

 ピカソは1881年にマラガで生まれていた。
 だから今でも生家が残っており、美術館もあるのだという。
 
「私、ゲルニカが大好きなの」

 ゲルニカ、それは、内戦状態にあったスペインでナチス・ドイツ軍が無差別爆撃を行って多くの一般市民を殺戮(さつりく)した町であり、その事実を知ったピカソが理不尽な軍事作戦に怒りと憎悪を表した絵画の作品名であり、一般市民や動物たちの絶望と苦悩と悲しみを描くことによって反戦の意を表したピカソの代表作だった。

 法学部在学中に司法試験に合格して弁護士を目指していた正義感の強い真理愛はその絵のことを知り、その背景を深く理解することによってピカソに関心を持つようになり、その生家へ行ってみたいと思うようになったのだという。
 
「決まりね」

 二人は納得顔で同時に大きく頷いた。
 こうしてイタリアのフィレンツェで1週間、スペインのマラガで1週間、計2週間の卒業旅行が決定したのだった。