わたしは想像を膨らませた。
 すると、サケの遡上(そじょう)が浮かんできた。
 
「その通りです。流れに逆らって泳ぐサケと同じなのです。だから、最後の力を振り絞って泳がなければならないのです」

 頑張ったのね。
 涙が溢れそうになったが、話はまだ続いていた。
 
「しかし、それ以外にも天敵が待っています」

 今度は何?
 
「先ほども申しましたが、白血球という天敵が待ち構えているのです。卵管壁にいる白血球が僕たちを捕らえて食べてしまうのです」

 なんて恐ろしい……、
 
「彼らの攻撃を逃れられたものだけがその先へ進むことができます。あなたに近づくことができるのです」

 精子って本当に大変。
 つくづく卵子で良かったわ。
 
「泳ぎ切った先にあなたがいました。思わず、やった! と小躍りしました。しかし周りを見たら、」

 何? 
 なんなの?
 
「競争相手が100以上もいたのです。そして彼らが一斉に卵膜目指して飛びかかりました」

 知ってる。
 いろんなところを突かれて大変だったもの。
 
「僕は必死でした。あなたに会えるのは1個だけなのです。競争に負けたらあなたに会えないまま死ぬしかないのです。こんなにまで苦労して辿り着いたのに、負け犬になるわけにはいきません。体に残っているすべてのエネルギーを力に変えて頭と尻尾を動かし続けました。それまでに2万回以上尻尾を振っていましたが、生きるか死ぬかの瀬戸際で最後の力を振り絞ったのです」

 わたしに会うために膣から頸管へ、そして、子宮から卵管へ、その間一度も諦めずに全力で来てくれたのね。
 あなたって最高!
 
「ありがとうございます。身に余るお褒めの言葉です。それが聞けて良かった」

 彼は肩の荷を下ろしたのか、鞭毛が体から離れていった。
 と同時に、わたしの体に新しい膜ができ始めた。
 他の精子が入ってこられないようにするための膜だった。