「どうしたの? 顔色が悪いわよ」

 考子が心配そうに顔を覗き込んだ。

「なんでもない。大丈夫」

 新は無理矢理笑みを浮かべて、新聞から目を離した。
 そして、立ち上がって台所へ行き、冷蔵庫からミネラルウォーターの2ℓボトルを出して、コップに注いで、ゴクゴクと飲んだ。
 しかし、気分は晴れなかった。
 未知のウイルスに翻弄される危機的な状況が頭から離れることはなかった。
 経済への影響も心配だったが、それ以上に感染拡大に対する危惧が強かった。
 今はワクチンも治療薬もないのだ。
 自分の免疫だけで戦うしかないのだ。
 しかし、抗体を持つ人はほとんどいない。
 感染リスクは極めて高いのだ。
 それを考えると、これから生まれようとしている我が子のことが心配でならなかった。
 
 妊娠中の感染を免れたとしても、生まれた時の世界は今とはまったく違っているかもしれない。
 それは、どんな世界なのだろう。
 どれほどの困難が待ち受けているのだろう。
 考えても何も思い浮かばなかったが、どんな世界になったとしても一人で生き抜く力をつけさせなければならないことだけは明白だった。
 我が子の人生の道筋を明確に示してやることが親としての務めかもしれないと思った。
 すると、突然『専門性』という言葉が頭に浮かんだ。
 しかし、すぐに気がついた。
 それは突然ではなく、前々から心の奥底で考え続けていたことなのだと。
 
 ミネラルウォーターをコップに注ぎ足して、それを一気に飲み干した。
 コップをテーブルに置くと、新の表情が変わった。
 そこには、暴風雨のさ中であっても敢然と進むことができる一本の道を見つけた救いのようなものが表れていた。