「……ぐっ」
「……うぅ」
 苦しそうに首を掴みながら顔を歪ませる隊員たち。
 
 撤退するのが遅かったか!
 ルークは胸元から研究中の中和剤を取り出し、地面へ叩きつけた。
 
「長くは持たない。すぐに倒れた隊員を担いで森の外へ!」
「はい、隊長!」
 
 こんな時、犬がいれば……。
 ルークはグッと拳を握った。
 
 犬は女神の遣い。
 犬は瘴気を避けてくれる貴重な存在だ。

 だがこの国にいた最後の犬は5年前に高齢で亡くなってしまった。
 他の犬たちはすべて隣国のレイド国に奪われ、現在この国に犬は1頭もいない。

「隊長、帰り道がわかりません!」
「目印は?」
「それが、目印が見つからなくて」
 
 思ったよりも濃い瘴気の霧のせいで道を間違えたのか。
 このままでは全員の命が危ない状況にルークの背中に冷や汗が流れる。
 
 ルークは予備の中和剤を地面へ投げつけると、周りの木に目印がないか自分の目で見て回った。
 
 ロータス国と隣国レイド国の間には『瘴気の森』と呼ばれる大きな森がある。
 この森を含む辺境を任されているのがルークだ。
 本来なら辺境伯は父が務めるべきだが、長年瘴気に晒された生活をしていたせいで、今では起き上がることさえできなくなってしまった。
 父が存命にも関わらず、わずか20歳のルークが辺境伯となったのは極めて異例のこと。
 それだけ瘴気は国にとっても厄介なモノだった。

「こっちだ。ここに目印が……」
 振り返ったルークは目を見開いた。