「帰るわよ!」
 馬車に乗ろうとしたが、騎士たちは跪いたまま動こうとせず、誰も馬車の扉を開けない。
 腹を立てたクリスティーナは馬車をヒールで蹴った。

 だが当然ながら負けたのはヒール。
 あっさりポッキリ折れたヒールにクリスティーナの怒りはさらに膨らんだ。

「覚えてらっしゃい!」
 本当にそんな捨てセリフを言うんだ。
 指をさされたキャルは、クリスティーナの見事な悪役っぷりに感心する。

「キャウ?」
 あれ? イケメンが遠くなっていく?
 もとの犬の手に戻ったキャルはまんまるな目で首を傾げた。

 ……あれ?
 人になれたんじゃないの?
 なんでまた犬?

「ちょっと待て、キャル」
 ジタバタ足を動かすキャルをルークが止める。
 ルークは急いで剣を鞘に収めると、シーツをはずしキャルだけを抱き直した。

「どうしたら人のままでいられるんだ?」
「キャウキャウ」
 私が知りたいよ。

「月明かりで人の姿にはなるけどな」
「キャウ?」
 月明かり?
 なんで?
 キュッと首を傾げるキャルにルークは顔を寄せた。

「キャウ!」
 近い!
 イケメンが近い!

「なぁ、キャル。俺と結婚しよう」
「キャウ?」
「ルーク、おまえ何を言って!」
 驚くチャーリーを横目にルークは犬のキャルにキスをする。
 
 真っ赤な顔のキャルが人の姿に戻るのはこの3秒後。

「キスで戻るなら、いくらでもしてやる」
 たとえ3分で犬に戻ってしまっても。
 いつか完全な人になれるように、言葉も話せる方法を探してみせるとルークは張り切る。

「キャウキャウキャウ」
 女神様、王子のキスで一瞬だけ戻るなんてベタな展開はいらないです!
 だから早く人に戻して〜!

 瘴気もよくわからないし、あの派手な女の人はまた来そうだし、犬の言葉はわからなかったし。
 ルークはイケメンすぎるし。

 なんで私がこんな目に!


『辺境伯はお犬様を溺愛中!』

 キャルが人の姿に戻れるその日まで――。

   END


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多くの作品の中から見つけてくださってありがとうございます。
転生聖女ヒロイン(ただし犬)というとんでもない設定でしたが、最後までご愛読ありがとうございました。
本作品は長編連載を想定した読み切り書き下ろし作品のため、キャルは人に戻れないままで完結です。
といいながら、長編は全く書いていないのですが。
いつかお目にかかることがありましたら幸いです。