ここは瘴気濃度が危険なことを示す赤い紐の地域。
 5分も耐えられないはずなのに全く苦しくない。
 先代の犬、ドーベルマンのブルーノは半径3メートルだけ瘴気を避けることができた。

 だがキャルは違う。
 瘴気を避けるのではなく、まるで消し去っているかのようだ。
 その証拠に振り返れば、歩いてきた道の部分だけ瘴気がない。
 やはりキャルは女神の化身なのかもしれない。

 今まで行ったことがないほど奥へ進んだルークは、森の中に沼があることを初めて知った。

「……キャルはすごいな」
「キャウ?」
 ルークはキャルを大切に抱えながら、森を自由に歩き、辺境伯邸へ戻る。
 
「……会いたくない奴がいるな」
 屋敷の前で吠える犬の姿に、ルークは眉間にシワを寄せた。
 
 この森の向こうは隣国レイド国。
 この国から犬を奪った奴らだ。
 その国の紋章がついた派手な馬車に乗って、わざわざこの国にやってくるのは、厄介なあの女だけ。

「ルーク!」
 犬10頭に守られた馬車から降りてきた王女クリスティーナの登場にルークは苦笑した。
 
 真っ赤なドレスに眩しいほど派手な装飾品、ストレートの黒髪は腰まで長く、性格はキツくてワガママな幼馴染。

「何しに来た」
 ルークがジロッとクリスティーナを睨むと、抱きつこうと近づいたクリスティーナの足がピタリと止まった。
 
「まさか、……犬?」
 クリスティーナはルークの腕に抱かれた小さな茶色い生き物に嫌悪感をあらわにする。

「あぁ。女神の化身が現れた」
「女神の化身? は? 何を言っているの? そんなの一匹でなんとかなるわけないでしょう?」
 クリスティーナは扇子を広げながらルークを嘲笑った。