「ありがとう、リッキー」
 介助訓練中のラブラドル・レトリーバーから新聞を受け取った結実はうれしそうに微笑んだ。
 
 結実は新米の介助犬訓練士。
 子供の頃から犬が大好きで、いつか動物に接する仕事をしたいと思っていた。
 この春に専門学校を卒業し、やっと介助犬訓練士として第一歩を踏み出したところだ。

「あれ? 地震?」
 足元から響く地鳴りに結実は辺りを見回す。
 不安そうなリッキーを落ち着かせるため、結実はまだ1歳のリッキーを優しく抱きしめた。
 
 すぐに収まるだろうと思っていた地震は経験した事がないほど大きく、身体が振り回される。
 地震が起きたら安全な場所に移動すると習ったのに、震える身体は全然いうことをきかなかった。

 ぐらつく家具、勝手に開く引き出し。

「逃げて!」
 倒れる本棚に驚いた結実は、グイッとリッキーを押し出す。
 上から降ってくる本が頭や背中に当たり、あまりの痛みに結実は倒れ込んだ。

 懸命に結実の袖を咥えて助けようとするリッキーがキュゥンと悲しそうな声を出す。

「……リッキー、……無事で、よかった」
 まだ揺れが収まっていないから、早くリッキーを抱きしめて安心させてあげないと。
 早く外に出て、安全な場所に避難しないと。
 
 頭ではわかっているのに、おかしいな。
 全然身体が動かない。

 本棚の下敷きになった結実はそのまま帰らぬ人となった――。

 
「……って、あんまりじゃないですか!」
 結実は自分が死んだ状況を見ながら、目の前にいる女神と思われる幻想的な女性に抗議した。