しとしとと、心地の悪い雨の降る六つ月のこと、幼いころから紫陽花(しよか)の夫であった水龍様の透璃(とうり)は深々と頭を下げてきた。
「紫陽花、俺と離縁してほしい」
 生まれたときから水龍の生贄、つまり花嫁になることが決まっていた紫陽花は、水龍の花嫁になるべく厳しく育てられた。そんな紫陽花が水龍のもとに生贄として嫁いできたのは今から十年も前のこと。
 水龍は、二十歳を迎えると力を蓄えるために多くの水を必要とする。その影響で地上では日照りが続くのである。人々は水龍に雨を乞うために十になったばかりの紫陽花を泉に落とした。泉の底には水龍の治める国がある。透璃は沈んできた幼い紫陽花を妻にと受け入れたのである。
 以来紫陽花は、泉の底にある水龍の国に透璃の妻として仕えてきた。本来ならばひとりの水龍にひとりの花嫁、花嫁を得た水龍はその命が尽きるまで伴侶と連れ添い、地上の水を正常に管理するとされているので新しい贄は必要ないはずである。
 だが、このとき透璃には思いもよらぬことが起こっていた。
「それは、新しく花嫁になられた志保子(しほこ)さんの願いでしょうか」
「いやそれは……それは違う……だが、志保子は俺の子を身ごもった。そうなると、おまえをここに置いておくといろいろと問題があるだろう。そもそもおまえは少し志保子に冷たいところがある。もう少し優しく接してやってもよかったのではないか? そうすれば、きっと志保子とも上手くやれたのだ」
 目を泳がせる夫に、紫陽花は小さなため息を吐いた。
「私は志保子さんに水龍の妻であるために必要なことを教えていただけです」
「それはそうだが……おまえは志保子に完璧を求めすぎる。志保子はまだ十七になったばかりなのだから、もう少し大目に見てやってもよかったのではないか?」
 それで穢れに苛まれるこの国が安泰であるのならなにも問題ないのだけれど……。
 紫陽花は透璃の妻として、水の底にある水龍の国、波都(なみと)を穢れから守ってきた。この国に嫁いできたばかりの紫陽花に、今は亡き透璃の母が教えてくれた方法通りに。
 透璃の母は紫陽花に厳しく指導をしたが、それは自分が死んだあと、波都を守ってくれる紫陽花を信じての指導だった。おかげで紫陽花は波都に穢れが流れ込むことを完全に抑えることが出来たのである。透璃の母には感謝しても感謝しきれない。
 紫陽花は同じように透璃に嫁いできた志保子にも同じ能力を身に着けてもらいたかっただけなのだ。
 祈祷は簡単なことではない。修業は自ずとつらいものになる。
「透璃様は志保子さんを正妻に迎えるおつもりですか?」
「そうなる。側室のままに、と思ったのだが、それでは志保子が嫌がってな。どうしてもおまえと顔を合わせるのが嫌らしい」
 透璃様とは、長年上手くやってきたつもりだったのに。私たちが大切に作り上げてきた関係は、こんなにも簡単に壊れてしまうのね。私たちの間に子供を授からなかったのも、きっとこういう縁だったからでしょう。
「そうですか、わかりました。……その離縁、謹んでお受けいたします」
「本当か! それは助かる。だが、悪いようにはしない、おまえには波都の北にある離れを与えてやる。母が別邸として使っていたところだ、何不自由なく暮らせるようにする」
 紫陽花が離縁を承諾したとたん、表情を明るくする透璃に対して、紫陽花は様々な感情を抱くことをやめた。
 苦しいと感じるのは、透璃様と過ごした日々に未練があるからだ。もうあの日々が帰ることはない。だから、透璃様に抱いていた思いのすべてをここに捨てていくのがいい。
「透璃様、十年の間、ありがとうございました。私は、あなたのことが好きでした」
「紫陽花……俺は……すまない」

 十年前、贄として泉に落とされた紫陽花を、透璃は温かく迎えてくれた。当時透璃はすでに成人しており、水龍の年で数えて二十歳であった。対して紫陽花は十の子供にすぎない。透璃は紫陽花のことを妹のように慈しんでくれた。
 紫陽花も透璃のことを兄のように慕った。
 仲の良い兄妹のようであった夫婦は、紫陽花が十七を迎えた年に初めて褥を共にした。だが、それから三年、ふたりの間に子供を授かることはなかった。
 志保子が第二の花嫁として水の底に落ちてきたのは今から一年前のことだ。地上では水害が続いており、志保子の村は洪水に苦しんているらしい。水龍の怒りを鎮める名目で泉に落とされたのだという。
 異例のことだ。水害は大地を治める黒龍の力がなくては治まらないのである。水龍に生贄を捧げるのは間違った判断であった。
 当然地上では紫陽花のあとに生贄になる娘が決められておらず、志保子は唐突に生贄に選ばれたようだった。
 水の底に落ちてきたときはずいぶんと混乱していた。
 透璃は志保子にかかりきりになり、紫陽花は透璃の代わりに波都の安定に努めてきた。
 ずっとふたりでこの国を守っていこうと思っていたけれど、それもこれまでのこと。これからは北の離れで余生を過ごすことになるのね。
「透璃様はあんまりです、紫陽花様はずっとこの国のために尽力してくださっていたのに」
 紫陽花の荷づくりをしながら侍女の那魚(なな)は文句を言った。
「仕方がありませんよ。私には跡継ぎが出来なかったので、透璃様の子を身ごもった志保子さんを正妻に迎えるのは正しいことだとお思います」
「でもでも、紫陽花様だってまだ二十ではありませんか! 龍のご加護を受けて寿命も延びておりますし、まだまだ全然可能性があるのに! それでなくとも、波都のために祈りを捧げてくださっていた紫陽花様を離縁するなんてあまりにひどい仕打ちです! 私は絶対に認めません!」
「那魚、そんなに腹を立てるものではありませんよ、透璃様のお決めになったことなんですから」
 紫陽花は地団太を踏み始める那魚をなだめる。
「でもでもでも! 私の私情は抜きにしましても、志保子様はまだ浄化の祈りを使えないのでしょう? そんな状態で紫陽花様を離縁なさって、この国は大丈夫なのでしょうか」
「それは……志保子さんにも祈りの方法を教えていますから問題ないと……思いたいのですが……」
 紫陽花の不安もそこにある。浄化の祈りは祈祷の方法が難しいのだ。煩雑でありながら、ひとつでも順序を間違えてしまうと浄化はできない。幼い日の紫陽花も透璃の母に指導され、必死で覚えたのだ。だが、志保子がそのすべてを覚えているとは断言できない。
 紫陽花の助けを得ながら浄化をすることはできるが、ひとりで行ったことはないのである。
「手順書を残しておこうと思います。それを見ながら行えば、きっと志保子さんひとりでもできるでしょう」
「紫陽花様のお人よし! いいんですよあんな女放っておけば」
「そうはいきませんよ、この国のみんなに迷惑が掛かります」
「それはそうですけれど……。ああ、あの女、可愛い顔をして紫陽花様を追い出そうなんてとんだ悪女です!」
「透璃様は口うるさい私よりも、志保子さんと一緒にいるほうが心が休まるのだと思います。彼女の無邪気さは美徳でしょう」
 兄妹のようだと言われてきた透璃と紫陽花は、時が立つにつれ立場が逆転し、姉弟のようだと言われるようになっていた。
 おっとりとした透璃に対して、紫陽花は利発すぎたのである。
「紫陽花様は国のことを思っていろいろと進言されているのに! 透璃様は少しお人好しなところがありますから……だってはじめは志保子さんを地上に帰すとおっしゃっていたではありませんか! それがあの女が生贄になったのだから今更帰ることなどできないと駄々をこねたことでこんなことに。この国はきっと滅びます」
「そんなことにはなりませんよ、優しいところは透璃様の長所です。志保子さんの言い分も納得できます。私が彼の足りないところを補うことが出来たらと思って檄を飛ばしてきたつもりですが、彼にとってはそれが重荷だったのかもしれません。私がいないほうが、透璃様はご自分の政治を行えるかもしれません。きっと、悪いことにはなりませんよ」
「そうでしょうか……。紫陽花様、私は紫陽花様のいないところには興味がありませんから、北の離れにお供しますよ!」
「ありがとう、那魚。あなたが来てくれると嬉しいわ」
 すっかり荷造りを終えると那魚がため息を吐くのが聞こえた。
「紫陽花様、ご自分の荷物が少なすぎではありませんか? お着物も髪飾りもこんなものでしたっけ?」
「少ないかしら……あまり気にしたことがありませんでした」
「透璃様におねだりなさらないからですよ! 志保子様はことあるごとに透璃様に何かねだっていらっしゃいましたよ、きっとお部屋のお荷物を比べたらすでに志保子さんの方が多いと思います」
「彼女は甘え上手ですから、透璃様も可愛くて仕方がないのでしょう。私はとくに必要とは思わなかったので、これで十分ですよ」
 言われてみたら、透璃に何かねだったことなどなかった。透璃が保有する富は波都のひとびとから税として徴収したものである。贈り物をもらおうとは思いつきもしなかった。
「紫陽花様は真面目過ぎるんですよ」
「まあ水の上の現世でもそのように教育されてきましたから」
 水龍の花嫁になるために、紫陽花はいろいろな教育を受けてきた。それは、どれも歴代の神官がかつての水龍から授けられた知識であった。その中に、贅沢をしないことという教えもあった。紫陽花の中で、富は民に分配するものだった。
「とはいえ、特別着飾らなくとも紫陽花様は十分お美しですからね」
 那魚が自慢げにそう言った時である。障子の向こうから声が聞こえてきた。
「まあ透璃様、私とお腹の子のために紫陽花様を離縁してくださったのですね。本当にありがとうございます! でもそんなに急がなくってもよろしかったのに……」
「おまえへの負担を考えたら早い方がいいと思ったのだ。紫陽花には北の離宮に移ってもらう。おまえと顔を会わせることはもうないだろう。おまえは安心して元気な子を産んでくれ」
 志保子と透璃の声である。紫陽花が部屋にいるとは思っていないのかもしれない。
「紫陽花様ったら、志保子にばかりつらく当たるのです。もっときちんとお祈りの仕方を覚えなさいと叱るのですよ、志保子はちゃんとやっているのに……きっと私が透璃様のお子を身ごもったことが許せないのです」
「つらい思いをさせてすまなかった。紫陽花がおまえにつらく当たっているとは気づきもしなかったのだ」
「紫陽花様は透璃様の前でそんなことはなさいませんよ。志保子とふたりきりのときにだけしてくるのです」
「そうだったのか……にわかには信じられないが、おまえが言うならそうなのだろうな」
 そんなはずはないでしょう、と思わず障子を開けて出て行ってしまいそうだった。寧ろふたりでいるときは志保子がよく文句をこぼした。だから、紫陽花の方も志保子に自覚を持ってもらいたくて強い口調になってしまったのかも知れない。それをつらく当たられたと言われたら言い返すことができなかった。
 思いとどまった紫陽花とは違い、那魚は今にも部屋から飛び出そうとしている。
「駄目ですよ那魚」
 小声で那魚にささやく。
「どうしてですか! 志保子様があんな嘘を透璃様ににおっしゃっているんですよ! 許せません!」
 那魚も紫陽花に合わせて小声になった。
「私が違うと思っていても、志保子さんはつらく当たられていると感じたのかもしれません。それはご本人にしかわかりませんから」
「お優しい紫陽花様がつらく当たるようなことはあり得ません!」
「それでも、透璃様が選ばれたのは志保子さんなのです。私がこの場所から出て行くのが道理です」
「そんな……こんなのあんまりですよ、私、悔しいです」
「怒ってくれてありがとう那魚」
 自分のために怒りをあらわにしてくれる那魚を抱きしめる。
 これから、新しい人生を歩めばいいのだ。沈んでなどいられない。
 そう思うと少しだけ気分が持ち上がってくる。これまで、波都のために尽くしてきた。自分のことはいつも後回しだったのだ、だから、きっと透璃に対する気持ちも上手く伝えられていなかったのかもしれない。
 最後に好きだったと伝えられてよかった。私の気持ちは置いてくることが出来た。もう未練はないわ。
「そろそろ行きましょう那魚」
「はい」
 志保子と透璃の姿はもうない。それを確認すると、紫陽花は部屋から出ることにした。障子戸を開けると美しい庭園が広がっている。朱塗りの端がかかる池は、幼い日の紫陽花のお気に入りだった。あの池に金魚を放ち、今日に至るまで大切に愛でできた。
「これはこれは紫陽花殿ではないか」
 廊下の向こうから低い声がした。心地よく響く低音の声は、紫陽花が向かう先の方から聞こえた。
「その声は、時春(ときはる)様ではありませんか」
「覚えていてくださり光栄です」
 漆黒の髪に紺色の瞳を持つ大男である。その顔は白皙のにして透璃と並ぶ、いや、それ以上のほどの美貌だ。あやかしの国を治める龍のひとり、大地を司る黒龍の時春であった。黒龍の時春といえば、歴代の黒龍の中でも最も力が強く、その名はあやかしの国にとどまらず、紫陽花の生まれた人の世でも名を知らぬものはいないほどの名領主である。深い紺色の瞳に見つめられると、透璃の妻であった紫陽花であっても少女のようにドキリとした。
「あなたほどの容姿の男性は、一度まみえたら忘れられませんよ」
「それは俺も同じです。透璃は先ほど側室の志保子殿と一緒にいたが……紫陽花殿、その荷は何でしょうか」
「それは……」
「聞いてください時春様! 透璃様は紫陽花様を離縁なさって北の離宮にお移しになられたのです」
 怒り交じりの声で答えるのは那魚である。那魚の言葉を聞いた時春は驚いたような顔になり、それからニヤリと笑みを作った。
「それは好都合だ。透璃に領土の水路の話をしに来ただけだったが、今日波都を訪れて幸運だった。紫陽花殿、もしよろしければ、俺の妻になってもらえないだろうか」
「え……! それは……。時春様、ご冗談が過ぎます」
「冗談ではない。前々から思っていたのだ。妻にするなら紫陽花様殿のような女がいいと。だが困ったことに紫陽花様殿は透璃の妻だ、重婚は認められないし、そもそも俺が嫌だ。だから、あなたが透璃と離縁したとなれば好都合だ。俺には躊躇う理由がない、だから今あなたに求婚している」
「どうして時春様のような高貴なお方が私のような女を妻にとお考えになるのか、納得がいきません」
「一目惚れをしたと言っても信じてもらえないのか?」
「それは……私の容姿では時春様に見合いませんから、にわかには信じられません」
「それは困ったな……あなたほどの美貌の持ち主は現世、幽世、どこを探してもいないというのに。何と言ったら紫陽花殿は俺の妻になってくれるのだろうか」
 紫陽花は時春の顔を見つめる。紺色の瞳は、冗談をいっているようでも、嘘を吐いているようにも見えなかった。
「では……正直に話そう。俺の治める国、戒砂(かいさ)に穢れた空気が流れ込んできている。今は風の流れを操作して調節し、直接国へは流れ込まないようにしているが、それもいつまで有効かわからない。穢れの影響で周りは草木も生えない砂漠になっているしな。だから、紫陽花殿にはそれを浄化してもらいたい」
 なるほど、それならば納得できる。それに、単に一目惚れをしたなどという不確かな言葉よりも信頼できた。
「時春様は、私を必要としてくださるのですか?」
 紫陽花にとって、それはとても重要なことだった。地上の人々のために雨を乞うべく必要とされて水龍の花嫁となった。波都の都を穢れから守るために必要とされた。だからこれからも、誰かに必要とされる場所に在りたい。
「もちろんだ、俺にはあなたが必要だ。今すぐに妻にというのはいささか性急すぎただろう。紫陽花殿の心が決まるまで婚姻は待つ」
「それなら、迷うことはありません。透璃様から必要とされなくなったこの身であっても、あたなが必要だと言ってくださるのなら、私はあなたの国へ行きましょう」
 そう答えると時春は破顔した。あまりに魅力的な笑顔に、紫陽花の頬も思わず熱くなる。
「本当か!」
「はい」
 なぜこんなにも素敵なひとが、今まで独身であられたのか。不思議で仕方がないわ。
 そんなことを考えていると、次の瞬間、紫陽花は時春に抱きかかえられた。那魚の黄色い悲鳴が聞こえる。
「では、今すぐに俺の国へ行こう」
「お、下ろしてください。自分の足で歩けます」
「そう言わないでくれ、透璃にも紫陽花殿をもらい受けることを伝えなければ。まあ、それは後でいい、まずはあなたを連れ帰らなければ。荷物はそれだけか? ずいぶんと少ないが、それも好都合だ。必要なものは全て俺が揃えよう」
 夫であった透璃にだってこのように抱きかかえられたことはない。紫陽花は恥ずかしくなって時春の腕の中で体を小さくしていた。
 時春は廊下から、中庭に出ると、紫陽花の好きだった朱塗りの橋へと向かう。
「時春様、帰り道はこちらではございませんよ」
 紫陽花が指摘するが、時春は自信に満ちた笑顔を見せる。
「ここから波都の外へ飛べる」
「と、飛ぶのですか?」
「そうだ。迂闊に長居をして透璃に紫陽花殿を取返されるようなことになったら大事だからな、あいつの気が変わる前にこの国を出たい。急ぐに越したことはないだろう。では、俺の国の祈祷師となった紫陽花殿に黒龍の力を見せてやろうではないか」
 時春がそういうと、庭に砂を巻き上げるような竜巻が生まれた。時春は紫陽花を抱えたままその中へと入ろうとする。
「そこの娘、おまえもついてくるのか?」
「は、はい! もちろんお供いたします」
「悪いが紫陽花と同時にはつれていけない。後で迎えをよこす、紫陽花の荷をまとめておけ」
「はい! かしこまりました」
 時春に尋ねられた那魚は慌ててから離れると部屋の中に戻った。時春が竜巻へ片足を踏み入れたときである。透璃が庭の竜巻を見て駆けてきた。
「時春! おまえこんなところから帰るつもりか。おい、どうして紫陽花を抱きかかえている! 紫陽花はこれから北の離れに行くのだ、勝手なことをされては困る」
「透璃か、間の悪いやつだ。おまえは紫陽花殿とは離縁したのだろう? 紫陽花殿はもう俺のものだ」
「どういうことだ、時春!」
「俺は紫陽花殿を界砂の祈祷師としてに迎えることにした。ずっとほしいと思っていた力だ。おまえが離縁してくれてよかった。これで横恋慕せずに済む」
「勝手なことを言うな! 紫陽花を返せ!」
「もうおまえの妻ではないだろう。紫陽花殿は許諾してくれた、おまえに止められる謂れはない」
「待て、時春! 紫陽花を返せ! 紫陽花はおまえのものではない!」
「嫌だ」
 時春は透璃の制止を聞かず、不敵な笑みを浮かべると紫陽花を連れて竜巻の中に消えていった。一気に視界が悪くなる。強い風を感じて紫陽花は硬く目を閉じた。