「もしもし。ジロおじちゃん?」
「おぉ、久しぶり。……元気でやってるか?」
母方の叔父にあたるジロおじちゃんに電話を掛けたのは、二日後のことだった。
ジロおじちゃんは十年前、沖縄でマサミちゃん――ジロおじちゃんの奥さんなので、私の義理の叔母に当たる――と、マサミちゃんのご両親が経営していた沖縄料理店を継いだ。石垣島にあるその店は、観光客にも地元民にもかなり人気だ。数年前のお正月に顔を合わせた時には「忙しいけど、のんびりしてるよ」と、笑顔で矛盾したことを言っていた。とにもかくにも、石垣島での生活はとても充実しているようだった。
そんなジロおじちゃんは、実は件の高校の出身で、言うなれば先輩にあたる存在でもある。ジロおじちゃんが通っていたのは私よりも二十年以上前の話なので、現在の校舎になる前の旧校舎についての話が聞けるのではないかと思ったのだ。そして、あの高校が病院の跡地であるという噂は、代々語り継がれているものである。その点でも、興味深い話が聞けそうだった。
しかし、いざ話題を出してみると、ジロおじちゃんは迷信を信じた子どもをからかうような調子で笑った。電話越しに、ぐわっはっはっ、と特徴的な豪快な笑い声が響いている。
「確かに、おじちゃんたちの時代にもそんな話はあったけど、あれは完全なる作り話だよ」
「……作り話?」
「どこの学校にもあるだろう。学校の怪談とか、七不思議的なやつだよ」
その話に、根拠はなさそうだった。
ジロおじちゃんの言う通り、学校の怪談なんてものはどこの学校にも存在し、そのほとんどは信憑性のないものばかりだ。
しかし、私が通っていた三年間で、三人の生徒が命を落としている。それも、自死だ。もし、あの高校が本当に病院だったとして、三人には何かが視えてしまい、その結果、心が壊れてしまったのだとしたら――。
「でもさ、ジロおじちゃん……私が通っていた三年の間、三人の生徒が死んでるの。それも、自らの手で」
電話の向こうで、ジロおじちゃんが言葉を失う気配があった。いつもの明るい声はどこかへと消え、代わりに暗く沈んだ声が返ってきた。
「……そうか。それは知らなかったなぁ。でも、それがその噂と関係してるかどうかなんて、わからないだろう?」
「それはそうだけど――ただの偶然にしては多すぎない?」
「偶然にしては多いかもしれない。でもな、人間は意図が掴めない出来事に対して、自分が納得いく答えを見つけたがる生き物なんだよ」
ジロおじちゃんが言わんとしていることは、よくわかった。しかし、ただの噂に過ぎないのであれば、病院のような校舎の設計、地下二階に放置されている大量のベッドはどう説明がつくのだろう。
「でも、校舎の造りとか、明らかに普通じゃないと思うんだけど……」
「おじちゃんが通ってた時の校舎と、ちひろが通ってた時の校舎は別だろう? 老朽化かなんかで、おじちゃんがまだ高校生だった時から、建て替えの話は出ていたんだよ。なんせ、終戦直後に建てられた古い校舎だったし、耐震基準も満たしてなかったからな」
「中学生の時に参加した学校説明会では、新校舎は、旧校舎の内装をほぼ改変せずに再現したって説明された記憶があるんだけど――そうだ。ジロおじちゃんが高校生だった時、廊下に手すりなんてつけられてた?」
「手すり?」
頭の中で、ジロおじちゃんの顔が訝しげに皺を刻んでいた。
「そう。それも、廊下の両側に。普通、学校の廊下に手すりなんてつけないよね? 階段ならまだしも」
電話越しに、うーん、と唸り声が聞こえる。
ジロおじちゃんが、何かを思い出そうとしているのが窺えた。何か思い出してくれ、と願いながら、その沈黙に終止符が打たれるのを待っていると、いや、と望み薄な反応が返ってきた。
「……おじちゃんの時代にはなかったな。昭和の、それも戦後間もないころに建てられたものだから、ものすごく質素な造りだったよ」
「じゃあ、なんで……」
「ちなみに、今の校舎になったのはいつ頃なんだっけ?」
「二〇〇〇年には、建て替え工事は終わってたみたいだけど」
「じゃあ、あれだ。バリアフリーってやつだよ」
「だとしても、普通の商業高校だよ? そこまでするのはちょっと過剰じゃない?」
「そりゃまあ、当時身体の不自由な生徒が通ってたとか、理由はそんなところじゃないか? 二〇〇〇年って言ったら、バリアフリー化が促進されてた頃だからな。地方自治体としても、そこに公費を使うことで、イメージアップやらアピールにもなったんだろうよ」
ジロおじちゃんの仮説は、筋が通っているようで、どこか釈然としなかった。そんな蟠りを抱えたままの私を置き去りに、ジロおじちゃんは「ごめん。まぁあんま考えすぎんなよ!」と、慌ただしく電話を切った。電話を切る前、電話越しからマサミちゃんの大声が聞こえたので、おそらく店のことで何かあったのだろう。
無機質な部屋、ベッドに体育座りをしたまま、しばらく虚空を眺めていた。――その時だった。
Xにて、誰かからメッセージが届いた旨の通知が、私のスマホに届いた。