――ピシャアアアアアン!!


影になっていた二人の背景に稲妻が走る。

月冴は少女の肩を突き放すと、素早く立ち上がり夜に星をなびかせた。



雷は棺の置かれた場所に落ちていた。

駆けつけると石畳が砕け、電流を含んだ黒煙がバチバチと鳴らしていた。


(あの人……!)


白無垢をまとい、唇を赤く染めさせた美しい女性が棺の前に立っている。

影を作り出すほど長いまつ毛に、艶っぽい目元は見覚えがあった。

女性は棺から出ると、パッパッと白無垢の汚れを振り払い、冷めた目をしてあたりを見回した。


「お前はなんだ」

月冴の問いに女性は顔をあげると、上品に微笑んで頭を垂れる。


「お初にお目にかかります。わたしは椿と申します。土地神様である貴方様への捧げ物としてここへ参りました」


その言葉に月冴が眉をひそめる。


「つい最近も送られてきたと思うが」

「不良品を送ったせいで凶作が続いていると。村の者がそう結論を出し、わたしが送り出されました」


黒煙の立ち上がる音で二人の会話があまり聞き取れない。

だが少女にとっては良いことではないと、椿の冷めた眼差しが語っていた。


(私、どうしたらいいのかな)

知りたいのに怖いと思うのは、普通のことだろうか?

仮に二人の会話を理解出来たところで、少女が救われることはないだろう。


(前向きに。前向きに……)

どうすれば前向きになれるだろう。

こうして前向きを意識していることこそ、後ろ向きではないか。

自分の後に来た贄は艶っぽい美しさの持ち主で、同じ捧げものとして劣等感を抱いた


「身体に異変はないのか?」

「異変ですか? 少し息苦しさはありますがすぐに慣れると思います」

「生の執着か。死の恐怖がないのか」

(あ……)


月冴が椿を見る目に興味が灯ったと気づき、二人の横顔に立ちすくむ。

(私には背伸びをしても届かない……)

月冴と椿が並ぶと、自分なんて霞んでしまう。

背伸びをしたところで、少女が実感するのはむなしさだけ。


(私じゃなくてもここにこれる人がいる。こんなにもキレイな人が……)

少女が持ちあわせていた”自信”はあっさりと打ち砕かれる。

二人を見ていられず、目を反らして胸に爪をたてた。


(椿さん……か。私はそんな鮮やかさをもってない)

名前はなく、養父には売られるような価値のなさ。

生贄として役立たず、厄介払いにしかならなかった。


(月冴さまが私に飽いたらどうなるのだろう)


細い糸一本に少女の命は繋がっている。

つまらないと言われれば、少女はどこに行けばいいのか。

(そのときは死んじゃうしかないかも)

最初から死のために来た。

月冴に死を望んだこともある。

今さら生死に戸惑うのは、生贄に不要だ。

無価値を思い知り、この場から逃げたくてたまらなかった。