恵衣、と遠くから低い声が恵衣くんを呼んだ。みんなして振り向くと恵衣くんとそっくりな顔の神経質そうな男性が眉根を寄せてこちらを睨んでいる。

何度か見かけたことがある。あの人は恵衣くんのお父さんだ。


「今参ります」


お父さんへ話しかけるにしては他人行儀で硬い口調だった。

恵衣くんはいつも通りの無表情に戻ると先輩たちに一つ頭を下げて走っていった。

遠ざかっていく背中に聖仁さんは目を細める。


「恵衣はもうちょっと肩の力抜けばいいのにね」

「まぁお兄さんが優秀な人だったからね。その重圧とか両親の期待を一身に浴びたら、頑なにもなるよ」

「だからってあれは拗れすぎだろ!」


先輩三人の話を聞きながら、遠くでお父さんと話す恵衣くんの横顔を見つめた。


歳の離れたお兄さんがいることを教えてくれたのは一学期の頃だった。

専科一年の時に先の戦い、空亡戦で亡くなったらしい。自分にも他人にも厳しい恵衣くんが唯一手放しで褒めていたので、本当に優秀な人だったんだろう。

『両親だって怜衣兄さんにとても期待してた、俺なんかより』

どこか誇らしげに、どこか苦しげにそう呟いた恵衣くんの表情をよく覚えている。