「いやぁ……参った参った。まさか僕らまでこんなにしごかれるとはね」


眼鏡を外して豪快に顔を拭った天叡さんは疲れ果てた口調でそう言った。

控えの私たちはやり直し三回目でなんとか開放されたけれど、出演組の聖仁さんたちは五回目のやり直しが今まさに始まろうとしている。

汗は滲ませているものの疲れを感じさせない笑みで舞っている二人には心の底から尊敬の念を抱いた。


観月祭のひと月前、八月の満月の夜。今日は観月祭の通しリハーサルが行われる日だ。


疲れきった私達は並べられたパイプ椅子にぐでんと座り込む。しばらく立ち上がれないね、と笑った天叡さんに苦笑いで頷いた。

辺りを見回すと設営された会場の解体作業が始まっていた。本番はひと月先なので、設営された舞台も今日は片付けられる。


「おい、邪魔」


椅子に深く座り込んでいると、突然背後から声をかけられた。

振り向くと両脇にパイプ椅子を抱えた恵衣くんが私たちを見下ろしている。


「恵衣くん? あ、そっか。ご両親のお手伝いか」


ああ、と無愛想な返事。

恵衣くんのご両親は神社本庁の役員だ。恵衣くん自身も卒業後には入庁を打診されているらしい。だから放課後はよくこうして本庁で両親を手伝っている。


「椅子片付けるなら手伝うよ」


両手いっぱいに抱えているのを見てそう申し出た。すると途端に怪訝な顔をした。


「三回もやり直しをくらってた奴が、人を手伝ってる暇があるのか?」


失礼な物言いにむっと唇をつきだす。

おっしゃる通りだけど、別にそんな言い方しなくても。私は善意で手伝おうか聞いただけなのに。