『交際期間はゼロ日だが、中等部の頃からお互いのことは意識し始めていたようだな。とりわけ泉寿は誰が見ても一恍に気があるんだってバレるくらいには分かりやすい態度だった』
思わず吹き出す。
お母さんって若い頃はそんな人だったんだ。
『反対に一恍は分かりにくかったな。あいつは昔から泉寿にとことん甘かったから、可愛いだの綺麗だの直ぐに口にするんだ。それがどこまで本音なのか分からないと、よく泉寿に愚痴を聞かされたもんだ』
目を瞑ると容易に想像ができた。
禄輪さんのアルバムで見た若かりし頃の三人が、今の私たちみたいに反り橋の下で談笑している姿だ。ころころと表情の変わるお母さんを優しく見守るお父さん。そして呆れたように笑う禄輪さん。お母さんが中心にいて二人が見守っている。
『一恍と泉寿は少し複雑な関係でな』
「複雑な関係?」
思わず聞き返す。
幼馴染で友達という関係だけではないということだろうか。
禄輪さんが「それはまた折を見て話そう」とひとつ咳払いをしたので、深追いするのは止めた。
『まあそういう訳で、二人の交際は間違いなく親戚皆から反対されるものだったんだ。だから専科を卒業した日に、駆け落ちした』
「か、駆け落ち……? ってあの駆け落ちですか?」
『その駆け落ちだ。愛の逃避行ってやつだな』
愛の逃避行……。
禄輪さんって意外とロマンチックな発言するんだな、というのはさておき。
まさか両親が交際期間ゼロ日で駆け落ちして結婚していたなんて、驚き以外の言葉が出てこない。