泰紀くんが親しげに「おお」と手を挙げて名前を呼ぶ。おそらく泰紀くんが所属する槍術部の後輩なのだろう。
どうした?と聞き返されて、その子は首からおでこまで全部を赤くする。後ろに控えていたのは彼女の友人なんだろう。「頑張れ!」「行ける!」と彼女の背中を押している。
これはもしや、と皆の興味深げな視線が集まる。
「か、観月祭……"惚れた女がいるから"って断ってるって本当ですか!?」
数秒の沈黙のあとみんなが分かりやすく目を剥いた。爆発するようなざわめきの後、すぐにまた静まる。
皆泰紀くんの反応を待っているんだ。
固まっていた泰紀くんは忙しなく視線を泳がせたあと、人差し指で頬を掻いてひとつ咳払いをした。
「……んな事、どこで知ったんだよ」
「はぐらかさないでください!」
恋する乙女はいざと言う時急に逞しくなる。
迫力に圧倒された泰紀くんは驚いたように身体をのけぞった。
「お、おお……すまん。えっと、まぁ……その通り、だな。好きな子がいるから、そういうのは無理なんだ」
皆の目に「好奇心」という光がみるみる宿る。間違いなく後から質問攻めにあうだろう。
女の子は期待に満ちた瞳で泰紀くんに歩み寄った。後ろのお友達は「絶対いけるよ!」「あんただよ!」と小声で応援を送る。
偶然その声が聞こえた私は「ん?」と眉根を寄せる。何故だか不穏な流れを感じる。ひょっとして彼女たち。
「それって……私の事ですか!?」