男がゆっくりと振り返る。
片方の眼を黒い眼帯で隠した二十代くらいの若い男だった。襟足の長い黒髪に、常に弧を描く唇。ほんの一瞬、どことなく男の雰囲気が知り合いに似ている気がした。
「なんだ。君、この娘のお兄さんだったのか」
男は目を細めて微笑むと「じゃああとは任せたよ」とまるで荷物を投げ下ろすように賀子をその場にどさりと転がした。
「か、賀子? おい賀子しっかりしろよッ!」
慌てて賀子を抱き起こす。顔は血色をなくして青白く身体中が冷たい。ピクリとも動かない。胸も腹も動いていなかった。
「賀子に何かしたのはお前か!?」
笑みを浮かべたままこちらを見下ろすその男を睨みつけた。男は真意の見えない表情で俺を見つめている。
「答えよろ、何したんだよッ!」
「んー……聞いたら後悔するよ?」
「質問に答えろ!!」
男はふむ、と息を吐くと袖から小さな小瓶を取り出した。ガラスの小瓶だ、中になにか肉の塊のようなものが入っている。蓋の隙間から溢れ出す禍々しい紫暗の靄に息を飲む。
「空亡の残穢をその娘に食わせてみた」
「……は?」
あまりにも唐突で理解の範疇を越えた返答に思考が停止する。
「あれ、今どきの子は知らないのかな。先の戦で神職を殺害して回って、当時の審神者さまによって封じられた大妖怪だよ。その欠片がコレ」
男が小瓶を揺らしストンと腰を抜かした。



