「大丈夫だ、賀子は絶対に大丈夫。最悪なことにはなってない」
言霊になるよう強く言祝ぎを乗せて言葉にする。そうしないと足が止まって腰が抜けてしまいそうな気がした。
無我夢中でデタラメに角を曲がり十字路を通り過ぎたその瞬間、右側の路地の奥にスラリとした男の背中が見えた。
一向に見つからない賀子の背中に泣きそうになって、すぐに違和感に気づく。男の黒い背中に見慣れたピンク色をほんの少しだけ見えたような気がする。
勢いよく足を止めた。ズサッと足裏が滑る。来た道を戻って先程の路地の前で足を止める。男はまだその路地を歩いていた。
黒い着流しを来た男だった。背を向けているから年齢は分からない。男は子供を抱いているらしい。男の影から靴を履いた白く細い足が見えた。俺が見たピンク色の布切れは、その子供の服のようだった。
「あ、あの……」
咄嗟に声をかけた。何故か声が震える。さっきまで汗が吹きでるほど暑かった体が、今はぶるぶると小刻みに震える。
男はピタリと足を止めた。けれどこちらを振り向かない。
「す……すみません。女の子見てませんか。五歳の女の子で、おかっぱ頭の」
耳鳴りがするほどの沈黙が流れる。
「あの────」
「見てないよ」
機械のような冷徹な声色を思い浮かべていたけれど、まるで陽だまりのような柔らかい声がそう答えて目を瞬かせた。



